【コラム】山内雄司

低調だったチームがどのように変わっていくのか

[ 2019年1月10日 16:30 ]

アジア杯トルクメニスタン戦、前半の南野(撮影・小海途 良幹)
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 トルクメニスタン戦は、多くの方の感想と同様、低調なものであったと言わざるを得ない。特に前半はクサビを入れようにもこれを狙われてカウンターを食らってしまう。引いて守る相手に対して、お人好しにも引っかかるように引っかかるようにとパスを送り込んでいた。

 引いた相手に対して攻撃のアイデアが不足していた、まとめてしまうのは簡単だが、ではアイデアとはどういったものだろう。サイドアタックが必要、ドリブルが有効、それらは少しサッカーのプレー経験があるか、そうでなくても日常的に試合を観戦している者なら、定石として唱えることができる。ただ、選手たちもそれは百も承知であろうはずなのに、なぜできなかったのか。それこそが公式戦の、しかも初戦の難しさなのだろう。

 堂安や南野はここまでの5試合で華々しい活躍を果たし、アジアカップ初戦でも「やってやろう」の気概を強く持っていたはずだ。気持ちはゴールへと向かいつつ、しかしDFの人垣に飲み込まれ、ボールを受けることができない。上手くいかないのに何とかシュートに持ち込みたいと、同じ受け方でまた潰される。受ける位置や身体の向き、DFの動向の察知といった、ここまで得点のために普通に考え、あるいはさほど意識もせずこなせてきたことができないのは、まずひとつにはトルクメニスタンが日本を研究し、したたかに、伸びやかに対策を実践してきたということが挙げられる。それこそが親善試合との大きな違いであって、果たして日本の選手たちは、身も心もクリアな“本番仕様”になっていなかったようだ。本来なら本番の度合いが進む毎に定石を含めたチャレンジ、苦境を脱するためのアイデアが必要とされるのだが、それが「初戦の難しさ」に翻弄されていたのは明白で、個人としてもチームとしてもまだまだヨチヨチ歩きであることを露呈してしまった。

 後半は原口がワイドに位置取りして起点となり、サイドを使えるようになったことで攻撃面は活性化したが、相変わらずカウンターへの対応は曖昧なままだった。ハーフタイムでどこまでの指示、プランが明示されたかは分からないが、もっとキッチリと変わってほしかったという注文は付けられる。

 DF陣はワールドカップを経験したベテラン揃い。彼らほどの選手ならば、後ろから見ていても「そうじゃない」「こうしなければ」という想いはあったはずだが、プレーで表現できなかった。縦パスを奪ってカウンターというトルクメニスタンのやり方を十二分に理解しながら、生ぬるいケアでピンチを招いたのは残念だった。カウンターを食らうなら、それに対応する術を発揮すべき経験者たちが、試合と相手に飲み込まれていたのは、攻撃の不出来よりもショッキングである。経験の少ない者をリードすべきベテランたちが、その豊富な経験で難局を乗り越える様が、チームに勇気と活力を与える。それをもっと守備面でも具体的に発揮してほしい。

 後半、トルクメニスタンは疲労でカウンターの脅威も半減させた。そんななかでのPK献上は、大いなる不安を抱かせるものだった。3-1とした時点で交代策を含めてきちんと試合を終わらせられなかった森保監督の采配にも疑問が残る。どうしてあれほど早くに交代は必要なしの姿勢を取ったのか。南野から北川の攻撃陣の交代のみだったが、青山や遠藤といった「締めますよ」のメッセンジャーが必要だったように思う。

 低調は明らかだった。とはいえ、長い大会の初戦でベストゲームを見せたところで、知りすぼみもマネージメントとしてはリスクが高い。勝点3を奪い、「苦しい大会になる」という実感を得たのは悪いことではない。指揮官からは「大会の中で成長していきながら」というコメントもあった。無論、ヨチヨチ歩きから自分の足でしっかりと立つために、アジアカップという舞台は最高の成長機会となる。ただ勝ち進むという命題を前に、低調だったチームがどのように変わっていくのか。大いに期待する。(山内雄司=スポーツライター)

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