【コラム】山内雄司

引退 サッカー選手にとって最高の幸せは?

[ 2018年10月30日 18:30 ]

今シーズン限りでの現役引退を発表した広島のMF森崎和幸
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 こんなことはないだろうか。サッカー談議で選手の話となり、「あのクラブでは活躍したけど、次のクラブではあまり出場できなかったよね」「たしか次は〇〇だっけ?」「それはもっと後だよ」「そうだったかなあ。どういう動きをしたんだっけ?」「えーと、まずどこそこだろ。それからあそこに行って、その後に……、あれ、分かんなくなった。どこだった?」「オレが聞いてんだよっ!」

 ふた昔以上前、日本でプロスポーツと言えば野球だった頃、選手の移籍はどこかネガティブなイメージもあった。力量不足による“都落ち”であったり、素行不良による“追い払い”であったり、はたまた裏切り行為とも受け取られることもあった。だが現在ではそんなイメージは薄れている。ましてやサッカーの世界では、選手のキャリアアップやクラブやチーム事情などを鑑み、ポジティブにとらえられることも多い。

 ただ、移籍が日常的となればこそ、冒頭のような会話も頻度を増す。筆者のように歳を重ねてくると物覚えが悪くなり、どこだっけ?と頭をかきむしるばかりとなる。

 そんな時代において、いやそんな時代だからこそ、ひとつのクラブに選手としてのキャリアのすべてを捧げることには相応の価値がある。ひたすらにクラブと地域に愛情を持ち、その発展のために心血を注ぎ込む姿は、大いなる共感をもって讃えられるだろう。しかしながら、それは自らの意志だけで成し得られるものではない。監督やコーチングスタッフ、あるいはクラブスタッフが移り変わろうとも必要とされる存在で居続けることは、並大抵のことではない。

 サンフレッチェ広島の森崎和幸が今シーズン限りでの現役引退を発表した。双子でまったく同じ道を辿った弟の浩司は2年前に引退している。互いに切磋琢磨しながら生まれ育った広島とサンフレッチェを支え続けた功績は、永遠に語り継がれるものである。

 10月29日の引退発表会見で代表者質問に答えた彼の言葉は、まさに彼の生き方そのものの潔さと重さを伴っていた。

 「僕にとって人生のすべてでしたし、命と同じぐらい価値のあるものだと思っています」「生まれ変わってもまたサンフレッチェでやりたい思いは強いです」

 素晴らしき財産である。本人もクラブもサポーターも、そして広島という土地とその住人も、いつだって引き出しを開けば、かけがえのない記憶がある。その記憶には喜びも苦しみも双方あるが、『森崎和幸』というクラブ史の巨人が歩んだ足跡を振り返れば、同じような状況に陥った時の頼れる指針となるはずだ。

 かのヨハン・クライフは、かつてあるインタビューで「選手にとって最高の幸せは?」と問われ、こう答えたという。

 「所属するいずれのクラブでも頂点に立とうとするのは選手の意義や義務であって、幸福とは異なる。私が思う選手の最高の幸せは、ひとつのクラブで長らくプレーし、そのクラブの象徴となることだ。例えばマラドーナはどこの選手だい?アルヘンチノスのマラドーナか、それともバルセロナか、ナポリかボカのマラドーナか。どこでも彼は素晴らしかったが、どこイコール誰という唯一絶対の存在にはなれなかった。そして、同じことはこの私にも言える」

 アヤックスとバルセロナで絶対的な存在としてどちらのクラブでも伝説となりながら、クライフは最高の幸せをつかんでいないという認識でいる。マラドーナにもクライフにもつかめなかった選手最高の幸せ。いわゆるフランチャイズプレーヤー、あるいはバンディエラとの称号を手にした森崎兄弟は、世界的な知名度や国際大会での活躍などとは別の次元で、最上のフットボールライフを送っている。

 「僕がサンフレッチェの歴史を作ったのではなく、先輩方が本当に苦しい時期を乗り越えてくれ、繋いできてくれたからこそ僕もしっかりやらないといけないと思っていました。今度はそれを後輩たちに受け継いでいってもらいたいなと思います」

 11月24日のホーム最終戦後、引退セレモニーが行われる。最高に幸せな選手は、幸せを分かち合ったサポーター、仲間に何を語るのか。

 「俺にとって、昔も今も最高の選手は変わらず森崎和幸だと思っているよ」

 2年前、浩司は自身のセレモニーで語った。果たして和幸からのアンサーはあるのか。いずれにせよ、日本一、いや世界一幸せな兄弟と言えるかもしれない。(山内雄司=スポーツライター)

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