【コラム】山内雄司

W杯あと1か月 苦境を乗り越え、勝利の喜びを

[ 2018年5月24日 15:50 ]

サッカー日本代表練習で井手口(左)と話す西野監督(撮影・西海健太郎)
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 「いよいよ西野監督率いる日本代表が初陣を飾る。果たして新監督はどのような用兵や布陣で臨み、選出された選手たちはいかなる戦いを見せてくれるのか。いつだって船出とは胸を熱くさせるものである。ロシアへの航海に幸多からんことを願うばかりである。」

 と、これが4年前の記述であったならどんなに良かったことか。しかしながら現実は、4年間どころかあと1か月もないのだ。改めて日本代表の状況に愕然とせざるを得ない。

 西野監督はワールドカップ本大会への最終選考の場であるガーナ戦に27人の選手を招集した。当然ながら、対戦国を想定し、塾考に塾考を重ねて選出したのであろうが、メンバーを見る限りこれまでの流れを踏襲したものとなった。コンディションの不安が残る岡崎や香川をはじめ、欧州で出場機会を得られていない浅野や井手口も名を連ねた。一方で結果を残した中島、森岡、久保、堂安は選考しなかった。青山、武藤の招集はわずかに色を出したと言えるかもしれないが、それでもサプライズとまではいかない。

 本大会の登録メンバー発表はガーナ戦の翌日の31日。たった数日の合宿と1試合だけで新たな風を既存のチームに吹き込ませるのは無理があると判断したのか。27人選出時の会見では負傷の今野、小林悠への招集断念の苦悩も明かしている。時間がない状況で、ベテラン勢の経験が頼りになるのは理解できるし、経験の蓄積がチームの骨格を成すのは真理ではある。ただ、いかんせん時計の針は遅々として進んでいない。国や協会、国内リーグの規模、予算の規模など情勢は各国とも異なるが、時間だけは均等に流れる。それをいかに有効に使うかが重要なのだが、日本は自ら均等でなくなる使い方をした。このミスをいつまで繰り返すのだろうか。いつまで時計の針を進めないまま、世界と伍して戦うというのか。

 ワールドカップ毎を一区切りとして計画するのは悪いことではない。前回に比べて今回がより良い方向に導かれるように時間の使い方を構築していく。時には停滞期もあるが、それを想定されたものであればことさら慌てる必要もない。それには何より、綿密で仔細な総括が必要である。しかし、協会がどこまでそれに英知を結集させ、取り組んできたかには疑問符が付く。

 おそらく協会は「そんなこと言われる筋合いはない。どれだけ力を入れて総括し、指針を立てているのか分かっているのか」と言われることだろう。それでもなお、日本が何を目標に定め、どのように段階的に強化しようとしているのか、未だ伝わりづらいのは事実である。

 ハリルホジッチ前監督は「縦への速さ」「デュエル」をキーワードに掲げた。西野監督は技術委員長としてこれを間近に見つつ、その狙い通りに進捗していない現実を鑑み、「ポリバレント」「日本らしさ」というワードを用いている。言葉にとらわれ過ぎるのもナンセンスなのだろうが、ここでも時計の針は進んでいない。

 果たしてこれまでのワールドカップでどのような総括の下から強化に必要なものの順位付けをしているのか。そして「日本らしさ」とはもっと突っ込んで何を意味するのか。そこは今回を除き5回の本大会を経験しながら曖昧模糊としたままである。

 ポリバレントというワードは複数ポジションをこなせる多様性という意味で用いられている。西野監督もDF、MF、FWのポジション分けはあまり意味を成さないという発言をしている。これに対してはおおむね賛成するが、本来であればポジションのみならず、戦術における多様性を問われるべきだが、その経験値は高まっていない。時間を有効に使用できていないから、大会毎に一区切りどころか細切れになっている印象だ。

 残念ながら今回は突貫中の突貫でロシアに乗り込むことになった。西野監督率いる日本代表には、日の丸を胸に誇り高く戦ってくれると信じているし、この苦境を乗り越え、勝利の喜びを与えてくれることにも期待する。とはいえ、結果いかんとは別に、今回の騒動がどうして起こってしまったのか、その検証と反省を責任論も含めてしっかり洗い出し、本大会での総括と今後への展望を詳らかに示してもらいたい。

 「まだ6回目の出場」なのか、「もう6回目」なのか。それを決するのは、何を学び、どこに進むかである。そして、もう時計の針を無益に止めることは終わりにしようではないか。(山内雄司=スポーツライター)

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