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【コラム】戸塚啓

「勝つために楽しむ」という気持ち

[ 2016年10月21日 05:30 ]

18日に59歳の誕生日を迎えた浦和・ペトロヴィッチ監督
Photo By スポニチ

 ミハイロ・ペトロヴィッチ監督の会見は、記者を吸い寄せるような魅力がある。

 浦和レッズを指揮するこの59歳は、サッカーに関する明確な哲学を持っている。それでいて、ロマンを感じさせるメッセージを発信する。

 ルヴァンカップ決勝後の記者会見では、「私のサッカーに対する愛情は非常に深い。サッカーを愛する気持ち、サッカーを楽しむ気持ちがなければ、それはサッカーではない」と語った。そのまま日本代表へ話題を移し、「最近の代表チームには厳しい報道が多い。しかし、ネガティブなものがチームを取り巻くと、成功はつかみにくい。みんなが一つの方向を向くのが必要だと思う」と続けた。

 サッカーを「愛する気持ち」は、第三者から見えにくい。逆に、「楽しむ気持ち」は分かりやすい。表情にも、プレーにも、言葉にも表れる。

 どんな試合でも結果が求められる日本代表で、「サッカーを楽しむ」のは難しいかもしれない。ましてやいまは、W杯予選を戦っている。リーグ戦よりもはるかに大きくて重いプレッシャーを、選手たちは感じている。

 何人かの海外組は、フィジカルコンディションが万全でない。フィジカルへの不安は、メンタルにも影響を及ぼす。「楽しむ」余裕を持ちにくい状況だ。

 チームはUAEとの開幕戦に敗れ、4試合を終えてグループ3位である。首位のサウジとは勝点3差=1勝差だが、4位のUAEとも勝点1差しかない。最終予選は折り返し点前だが、予断を許さない状況だ。

 古い記憶が思い出される。

 97年秋に行なわれたW杯フランス大会アジア最終予選だ。第3代表決定戦へ進出できる2位の確保も危ういなかで、日本は韓国とのアウェーゲームを迎える。

 もはや後がない。ギリギリまで追い詰められている。そのなかで、背番号10を背負う名波浩は「いい意味で相手をおちょくるというか、そういうプレーをしようと思った」と試合後に明かす。使命感と責任感でビッシリと埋め尽くされていた心に、少しだけ余白を持つように心がけたのである。

 果たして、現ジュビロ磐田の指揮官は前半開始早々に先制弾をマークする。彼自身はもちろんチームを重圧から解き放つ一撃は、W杯フランス大会への道のりを切り開くきっかけとなったのだった。

 現在の日本代表に話を戻そう。

 日本代表は、ハリルホジッチ監督のものではない。代表選手のものでもない。日本という国のものである。それゆえに選手は、大きな責任を感じる。

 ただ、責任感にばかり縛られなくてもいい。監督から課せられたタスクを果たしつつ、自分にしかできないプレーを思い切り表現すればいいのだ。

 そのための手段として「サッカー楽しむ」気持ちを胸に抱くのは、決して不謹慎ではないだろう。楽しもうとすることでアイディアがひらめき、プレーの選択肢が増え、意外性や即興性に富んでいく。スタンドの興奮を誘うプレーが生まれ、チームを後押しする空気が高まり、それがまたチームの勢いを加速させる。

 1対1の攻防で負けたらサッカーを楽しめないし、試合に負ければ悔しさしか湧き上がってこない。「楽しむ」ことは、勝敗を度外視することではないのだ。代表選手が背負う重圧を理解したうえで、「勝つために楽しむ」という気持ちを忘れてほしくないのである。(戸塚啓=スポーツライター)

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