【コラム】木場昌雄

東南アジアからJリーガーを!タイ人の潜在能力に触れ、たどり着いた引退後の道

[ 2019年3月15日 07:00 ]

カスタムズFCでキャプテンとしてプレーする木場昌雄氏
Photo By 提供写真

 タイリーグでプレーすることで充実感を感じつつ、まだ自身が果たせる役割があるとの思いで3年目のシーズンを迎えた。2010年のことである。

 既にチームからの信頼を得ており、この年はキャプテンに。監督が次々と変わり、選手の入れ替わりも激しいことから、チームは上位に入ることができなかったが、自身のプロとしての経験を惜しみなくチームメイトに伝達することで役割を全うしたいとの思いで日々を過ごした。

 同リーグでは少しずつ日本人選手の需要が高まり、当時、20数名ほどがプレー。そうした中、シーズン途中に選手としてのキャリアを終える決断をした。次のチャレンジに向かいたい思いが強まり、サッカーに全てを捧げてきたことで選手への未練もなくなっていた。

 残りのシーズンは思い残すことなくサッカーを楽しんだ。全日程を終えてから所属チームと日本人選手との間で引退試合を開催してもらったことは、選手生活の中で最も幸せな瞬間だったのかもしれない。

 このリーグでプレーしながら常に感じていたのが、タイ人選手のポテンシャルの高さである。特に1年目にセンターバックでコンビを組んだ当時22歳の選手は、オリンピック代表にも名を連ね、スピード、高さ、テクニック、フィード能力など全てにおいてハイレベルだった。ガンバ大阪在籍時に宮本恒靖や山口智といった日本代表選手ともコンビを組んだ経験から、彼らに勝るとも劣らない能力があると感じた。

 このような選手が海外での経験を積み自信を得ることで大きな成長へと繋がると確信。2010年末に日本に帰国後、自身の思いや経験を生かせるオリジナルの道がないのかと考え、たどり着いたのが「東南アジアからJリーガーを!Jリーグから世界へ!!」のキャッチフレーズ。それを具現化すべく、翌2011年9月に一般社団法人「Japan Dream Football Association」を設立、代表理事に就任した。(木場昌雄氏=Jリーグ・アジアアンバサダー/ Japan Dream Football Association 代表理事)

続きを表示