【コラム】木場昌雄

時間にルーズなタイスタイル…言葉ではなく走る姿で伝えたウオームアップの重要性 自らの役割を再認識

[ 2019年2月15日 05:30 ]

カスタムズFCの入団発表を行う木場昌雄氏(左)
Photo By 提供写真

 2004年にガンバ大阪を離れ、アビスパ福岡、そして地域リーグを経て08年、兼ねてからプレーする姿を思い描いていたタイリーグへ挑戦。34歳を迎え、選手としては最後のチャレンジとしてテストを受けた。

 数チームの練習に参加し、最終的に1部(タイプレミアリーグ)のカスタムズFC入りが決定。当時、タイのトップリーグは15チームで構成されており、カスタムズFCは前年度の2部から1部に昇格し、経験あるベテラン選手を数多く補強。自身も経験を買われての入団となった。

 Jリーグと同様に2月末に開幕し、11月までの期間にリーグ戦、カップ戦、FAカップが行われていくスタイル。登録の関係でリーグ開始から5試合を経過した3月下旬に“デビュー”を果たすこととなった。

 ホームゲーム会場は大学のグラウンドを間借りした形で、仮設のスタンドがある程度。1年の中で最も暑い時期で気温40度近い中、午後4時にキックオフ。ナイター設備もなく、想像以上にタフな環境だったが、自身の思いを実現した喜びはもとより、Jリーグにはない独特の雰囲気を感じ取りながら一つ一つのプレーに思いを込めて試合をしたのを鮮明に覚えている。試合は1対0。昇格後初勝利となったことでチームからの信頼を獲得。その後もレギュラーとして出場していくことになった。

 しかし、全てが順風満帆というわけではなく、文化や習慣の違い、言葉の問題など、様々な場面でストレスを感じながらの生活だったのも事実。プロとして葛藤の日々だったのも間違いない。そんな中で思い出深いエピソードがある。時間にはルーズで練習時間になっても全ての選手がそろうわけではなく、大体の選手が集まったら練習が始まるのが“タイスタイル”。しかし、毎回グラウンドをランニングしウオーミングアップを済ませていた自分の姿を見て、ある日、自分より早く来て走っているタイ人選手の姿があった。その数日後には2人になり、また次の日には3人に…。最終的には自主的に全ての選手がウオーミングアップを済ませ、練習を始めるまでになった。

 少し余裕がなくなっていたが、彼らの様子を見た時、「日本から来た自分が何かを伝える役割があるのでは」との思いを再認識させられた。(木場昌雄氏=Jリーグ・アジアアンバサダー/ Japan Dream Football Association 代表理事)

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