【コラム】金子達仁

監督を代えてよくなる絵が浮かんでこない。が…

[ 2021年10月9日 10:00 ]

W杯アジア最終予選B組   日本 0-1 サウジアラビア ( 2021年10月7日    サウジアラビア・ジッダ )

<サウジアラビア・日本>後半、自身のバックパスからゴールを許し、ぼうぜんとする柴崎(右)
Photo By 共同

 カンプノウを埋めつくした白いハンカチを、呆然(ぼうぜん)と眺めたことを思い出す。

 96年の初夏だった。バルセロナはコパデルレイで負けた。UEFAカップではバイエルンにうっちゃられた。そして、最後の望みだったリーガのタイトルも、アトレチコとの直接対決に敗れたことで消えた。

 春までは3冠の可能性に胸をときめかせていたバルセロニスタは激怒し、怒りの矛先は監督に向けられた。悲願のビッグイヤーをもたらし、チームの体質を全面的に改革した恩人に対し、カンプノウのファンは「出て行け」と白いハンカチを振ったのだった。

 結局、ヨハン・クライフはこのシーズンを最後にバルサを去り、そして、二度と監督職には戻らなかった。

 どれほど素晴らしい結果を積み重ねた監督であっても、1シーズンの失策によってその場を追われることがある。クライフでさえも、石もて追われる。あれは、わたしが生まれて初めて見た監督業の厳しさだった。

 以来、わたしは何人かの日本代表監督に対し、更迭論を突きつけたことがある。「あいつだけは絶対に許さない」とおっしゃっている方もいるらしい。ただ、監督には監督の信念があるように、わたしにはわたしの信念があった。違うやり方を導入すれば、チームはもっとよくなる。そう信じたがための、更迭要求だった。

 0―1。この衝撃的な敗北を受けて、森保監督の更迭を求める声は、協会からすれば危険なレベルにまで高まるだろう。3節を終えて勝ち点3。3連勝のサウジ、オーストラリアとははや勝ち点6の差がついてしまった。解任を求める声が高まるのは当然のことだ。

 ただ、チームが末期的症状に陥った際に聞こえてくる不協和音が、森保監督のチームからはまだ漏れてきていない。ハリルホジッチ体制の終盤、一部の選手はあからさまに指揮官に対する反発の気配を漂わせていたが、そういった空気は、いまのところ、まだない。

 加えて、たとえば3月の韓国戦のように、歴代の日本代表としても特筆できるレベルの内容で相手を圧倒したこともある。国際Aマッチにおける勝率は、日本サッカー史上最高の数字を残している。わたしの中には、依然として森保監督に期待する気持ちが残っている。というより、過去の例とは異なり、代えてよくなるという絵が、頭の中に思い浮かんでこない。

 ただ、サウジ戦における森保監督に、失望させられたところが多かったのもまた事実である。

 敗因をつくった柴崎は、致命的なミスを犯す前にも、軽率なセルフジャッジから決定機を招き、また、自陣深くでの不用意なボールロストもあった。試合の途中から、彼は明らかに相手の圧力を嫌い始めており、ベンチとしてはまずそこに手をつけるべきだった。そもそも、なぜ五輪で遠藤と抜群の相性を発揮した田中ではなかったのかという疑問も残る。後手に回る形となった選手交代は、どれもさしたる効果を発揮できなかった。

 ともあれ、勝つこと以上に負けないことが重要だった10月シリーズの初戦を、日本は落とした。落とし方も最悪だった。わたしは、依然として森保監督を支持するが、12日のオーストラリア戦は、ポケットに白いハンカチを忍ばせて観戦するつもりである。(金子達仁氏=スポーツライター)

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