【コラム】金子達仁

パラの“サムライブルー魂”に負けぬ戦いを

[ 2021年9月2日 12:00 ]

 フランス代表はプーマで、ブラジル代表は見たこともないブランドだった。つまり、彼らが着ていたユニホームは、A代表が使用するものとは明らかに違っていた。ブラインド・サッカーの話である。

 仕方のない面はある。というのも、ブラインド・サッカーを管轄しているのは国際サッカー連盟ではなく、ゆえに、選手たちは各国協会の枠組みからは外れたところにいる。日本の場合、一般のスポーツが文科省の所管だったのに対し、パラ・スポーツは厚労省所管、という時代もあった。

 つまり、国際的な組織から見ても、日本国内の歴史から見ても、アディダスの青いユニホームを着て戦う日本代表と、ブラインド・サッカーの日本代表は完全なる別組織だった。

 だからもう、これはただひたすら称賛するしかない。今回のパラリンピックに出場したブラインド・サッカーの選手たちは、A代表と同じユニホームを着て戦った。働き掛けた関係者、英断を下した関係者、実現に関わった全ての方々に拍手を送りたい。

 初めてブラジルが五輪決勝に進出した84年のロス大会、彼らが着用していたのは黄色の、しかし明らかにA代表とは違ったユニホームだった。ブラジルサッカー連盟は、五輪代表に正式なユニホームの使用を許さなかったのである。ブラジルにとって、当時の五輪とはその程度の大会であり、金メダルに執着するようになってからの彼らは、当たり前のように五輪代表にもA代表と同じものを着用させるようになった。

 国によっては、それぐらい、ナショナル・デザインのユニホームは重い。着る側はもちろんのこと、許す側にも覚悟が必要となる。そして今回、日本サッカー協会が見せた覚悟に、選手たちはしっかりと応えた。敗れたとはいえ、明らかに格上の中国に最後まで食い下がった戦いぶりは、「サムライブルー」を名乗るに相応(ふさわ)しいものだった。

 すっかりパラリンピックの陰に隠れた形になってしまったが、ロシアで行われたビーチサッカーW杯に出場した「サムライブルー」の戦いぶりも見事だった。

 沖縄でサッカーに関わって以来、タイミングがあえば見るようになったビーチサッカーだが、今回は監督の茂怜羅オズと面識があったこと、さらにかつて琉球に所属していた選手がメンバー入りしていたこともあり、より力が入った。

 壮絶、なんて言葉では足りないほど凄(すさ)まじい戦いになったのは、タヒチとの準々決勝だった。相手のOGで先制した日本だったが、2点のリードを守りきれず追いつかれ、試合終了まで30秒を切った段階で痛恨のOGで逆転を許す。ちなみに、2つのOGに絡んだのが、かつて琉球に所属していた選手だった。

 もはや絶望かと思われた日本だったが、なんと、終了直前に豪快なミドルを叩き込んで同点に。3―3でもつれ込んだ3分間の延長では、両者1点ずつを奪い合ったあと、最後は豪快なオーバーヘッドでの決勝点が日本に生まれた。“W杯史上最高の名勝負”と言われる70年W杯準決勝の西ドイツ対イタリアに匹敵する、伝説となりうる名勝負だった。

 今日からはいよいよ、W杯アジア最終予選が始まる。五輪、パラ、ビーチと“弟分”たちが見せた奮闘を超える戦いぶりを、A代表には期待したい。(金子達仁氏=スポーツライター)

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