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【コラム】金子達仁

より上へ 無慈悲フルスロットル

[ 2021年5月29日 08:30 ]

<日本・ミャンマー>W杯最終予選進出を決め、タッチを交わす(左から)浅野、大迫ら日本イレブン
Photo By 共同

 まず思ったのは、「スペインなのか?」だった。

 スペイン国歌には、歌詞がない。W杯などで「誰も国歌を歌っていない。愛国心が低いのか?」と疑問視する方もいたが、彼らは歌わない、のではない。歌うべき歌詞がないだけなのだ。

 だが、ミャンマーはスペインではなかった。ミャンマー国歌「ガバ・マ・チェ」には歌詞があった。建国と同時に採用され、国名の変更をも乗り越えて歌い継がれてきた歌詞があった。

 にもかかわらず、フクアリのピッチに立ったミャンマーの選手たちは、誰一人として国歌を歌っていなかった。口ずさむそぶりを見せた選手すらいなかった。そこに、精いっぱいの抵抗を見た気がして、キックオフを前にして、胸が詰まった。

 ひょっとしたら、日本選手の中にも、ミャンマーという国の置かれている状況に関心を持ち、胸を痛めていた者はいたかもしれない。ただ、試合が始まるとすぐにわかった。彼らは、まったくもって無慈悲だった。モンゴルを叩きつぶしたのと変わらぬ力と情熱で、特別な思いで試合に臨んでいたであろうミャンマーを踏みつぶした。

 個々の能力やチームとしての完成度を考えれば、日本の選手たちは5割か6割の力を出すだけで十分だった。だが、彼らは最初から最後までフルスロットルだった。ミャンマー相手には不必要なほどのオーバースピードで突進し、自分たちがコントロールできるギリギリの領域でのプレーを続けた。さらなる高みを目指す個人と集団だからこそできるサッカーだった。

 後半に入り、最終ラインから吉田と酒井が抜けると、いささかサッカーが単調になったきらいはあるが、90分を通じて、称賛に値する闘いぶりだった。点が取れたのは相手が弱かっただけ、とはまったく思わない。

 ただ、わたしが森保監督であれば迷いも生じる。

 吉田、酒井、遠藤。東京五輪のOA枠はこの3人でほぼ決まったとされる。妥当なところ、というか、これしかなかっただろうな、とわたしも思う。ただ、この日の大迫を、南野を、そして鎌田を見ていると、どうにかしてこのうちの一人でもOA枠にねじ込むべきではないか、と考えてしまう。

 特に、一人だけ時間軸がズレているというか、普通の選手が「1」しかできない時間に「2」以上のことができてしまういまの鎌田は、どんなチームにとっても特別な存在になりうる。前半43分、自陣深くで右サイドに開いた吉田からのフィードをワンタッチで酒井に流し、鮮やかなカウンターを演出したシーンなどを見せつけられると、なおさらそう思う。

 この勝利によって日本の最終予選進出は早々と決まったことになる。過去の予選では定番になっていた亀になって守りを固める相手に手を焼く場面が、今回はほぼ見られなかった。

 火の中にある栗を、火傷(やけど)しないで取り出そうとしていたのがかつての日本だとしたら、いまの日本には、委細かまわず手を突っ込む選手が何人もいる。そこで生じるリスクは、自分が食い止めると睨(にら)みを利かせる選手もいる。

 サッカーは移ろいやすい。素晴らしいチームの歯車が狂うこともよくある。だが、それを踏まえても、いまの日本代表は強い。

 相当に、強い。(金子達仁氏=スポーツライター)

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