【コラム】金子達仁

五輪開催は渇望の高まりあってこそ

[ 2021年1月15日 10:00 ]

国立競技場
Photo By スポニチ

 批判、というよりは罵詈雑言(ばりぞうごん)に近い言葉が、ネット上で飛び交っている。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森会長に対して。メディアの取り上げ方も、「わかってない」「ズレてる」といった前提に立っているものが少なくない。ご本人に言わせれば「もうすぐ84になるが、こんなのは長い人生でも初めて」だそうだ。

 ただ、四面楚歌(そか)どころか全面楚歌になった感のある森会長だが、もしわたしが東京五輪の出場権を獲得したアスリートだったとしたら、何が何でも開催を守ろうとする姿勢に、こっそりと両手を合わせて感謝していることだろう。立場が変われば見方も変わる。指揮官たる立場の人間からすれば、戦う部下や仲間を見捨てるわけにもいくまい。

 ただ、いよいよ開催は難しくなってきている。

 共同通信やNHKが行った世論調査では、約8割の人が中止、もしくは延期を望んだという。3連休明けには、ラグビー・トップリーグの開幕戦2試合が中止になったこと、さらには体操の内村航平をスポンサードしていたリンガーハットが撤退を決めたというニュースも飛び込んできた。

 選手の側からすれば、もちろん衝撃でしかない。だが、スポンサー側の立場から考えると、連結決算で70億円ほど近い赤字を出した現状で、スポンサードを継続していいものかという苦悩もあったはず。これほどの赤字になれば、当然、社員の月給やボーナスにも影響がある。「お前たちの給料は削るけれど、アスリートの支援は続行する」という方針は、広く社員から受け入れられるものだろうか。

 内村ほどの選手であれば、救いの手を差し伸べてくれる企業が現れる可能性もある。だが、彼ほどの知名度や実績のない選手となると、話は違ってくる。スポーツは偉大だが、人々の命や生活ほどには偉大ではない。この先、支えを失って漂流するアスリートが増える可能性は決して低くない。

 IOCのバッハ会長も立場としては開催を叫び続けるしかないところだが、オリンピアンの中からは異論の声が上がりつつある。「東京五輪を24年にずらすべき」と主張したのは、ボートで五輪4連覇を達成した英国のマシュー・ピンセント氏だった。

 1年前、ダイヤモンド・プリンセスの対応に苦闘する日本を尻目に、「東京が無理ならロンドンで五輪を開催してもいい」と言い放ったのはロンドン市長候補だった。たった1年で、東京大会どころか五輪自体の延期を訴える声が、英国からあがったことになる。

 斯様(かよう)に世界は移ろいやすい。

 森会長が期待するように、ひょっとすると半年たてば世界中からコロナが嘘(うそ)のように消え、何事もなかったかのように五輪が開催される可能性もないわけではない。ただ、五輪を開催することでこの素晴らしい大会を、あるいはスポーツを嫌悪し、憎悪する人が生まれてしまう危険だけは、犯してもらいたくない。

 開催権を保有したうえでの中止、もしくは延期。一度リセットして、五輪への渇望が高まった時期に開催する――個人的には、コロナが収まらなかった場合、そこが最低の落としどころだと思っている。わたしの中で、無観客での開催は、最低ラインの下にある。(金子達仁氏=スポーツライター)

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