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【コラム】金子達仁

「コロナ禍をプラスに」Jの若き才能では実現するかも

[ 2020年7月18日 05:30 ]

 想像してみる。

 手術が必要な病気になった。経験豊富な医師と免許をとったばかりの医師。どちらもウデは悪くないらしいが、さて、自分ならどちらの医師に手術をお願いするだろう。

 考えるまでもないか。

 なので、GKとはお医者さんのようなものなのでは、と思う。技術や才能、努力はもちろん必要だが、同じぐらい、いや、ひょっとしたらそれ以上に、経験が重視される。いるだけで味方が安心する――そんな存在感が求められる。

 82年イタリア代表のゾフ、90年イングランド代表のシルトンなどは、経験の重要性がその他の要素を上回った例ともいえる。40歳を超えていた彼らからは、すでに全盛期のバネや反射神経は失われていた。それでも、指揮官は若い守護神を抜擢(ばってき)するよりはベテランの存在感にかけたのだった。

 なので、先週末のJリーグにはちょっと驚いた。

 清水の梅田透吾、仙台の小幡裕馬と、10代のGKが2人も先発出場を果たしていたからである。ちなみにこの週末はJ2でも、19歳のアルビレックス藤田和輝と、20歳になったばかりの京都・若原智哉が、好守を連発していた。

 Jリーグが発足したばかりの時期は、若いGKの抜擢はそれほど珍しいことではなかった。川口能活や楢崎正剛は言うまでもなく、滝川二からプロ入りしてすぐ人気者になった森敦彦のような存在もいた。

 だが、いささか人材難でもあった発足当時と違い、いまのJリーグで10代のGKが試合に出るのは簡単なことではない。なぜ令和の時代にこんなことが起きているのか。

 おそらく、理由は複合的なものだ。

 まず大きいのは、00年代おろそかになりがちだったGKの育成が、ようやく軌道に乗ってきたこと。何度も書いてきたが、GKの全体的な質の向上は、その国のサッカーの質の向上も意味する。人口比10%にも満たないマイナーなポジションに労力を注げる国が、その他の10人をおろそかにするはずがない。

 そんな状況で起きた今回のコロナ禍。下部リーグへの降格がなくなったことで、指揮官は先を見た思い切った手を打ちやすくなった。リーグや全体練習が中断されたことで、ベテランの持つ経験という財産が一度リセットされたのも大きかったかもしれない。

 思えば、90年W杯イタリア大会予選で早々に姿を消した日本が、わずか4年後にあと一歩のところまで上り詰めたのは、Jリーグが発足したからだった。日本リーグ、あるいはアジアの他国とは比較にならないぐらい過密な日程で、多くの若い才能が一気に経験値を高めたからだった。

 今季のJリーグでは交代出場の枠が5人になった。これまでは14人しか試合に出られなかったところが、今年は16人出られる。通年よりも2人分、余計に経験値がたまっていく。

 コロナ禍をプラスに――とフレーズはあちこちで聞かれるが、実際のところ、目標というよりは願望に近い部分がある。ただ、Jに関する限り、それは現実のものとなるかもしれない。90年から94年の間に起きたのと似たことが、いまから起きるかもしれない。(金子達仁氏=スポーツライター)

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