【コラム】金子達仁

無観客でJのプレースタイルは変わるか

[ 2020年7月2日 12:00 ]

 阪神の藤川球児が不調なのは、無観客試合の影響ではないか、というコラムを他紙で読んだ。彼はスタンドの空気を全身に感じながら投げる男。だからではないか、という。

 なるほど。

 リモートマッチ。野球はサッカーほどには影響を受けないのでは、と思っていたが、確かに、ファンの声援や祈り、時には罵声をもエネルギーにするタイプの選手からすると、観客の不在は痛いかもしれない。

 だとしたら――。

 実はサッカーを始めたころからナゾだった。

 なぜイングランドのサッカーは、あんな具合だったのか。

 いまは違う。けれども昔のイングランドといえば、技術より闘志。パスワークより体当たり。ストライカーは前歯の折れたヤツばかりで、ハイクロスに巨躯(きょく)を躍らせて飛び込んでいくのが生きがい(嫌いじゃないんですけどね)。

 もしかして、あのスタイルって、観客の影響から生まれたものではなかったか。

 サッカーの母国であり、どこよりも早くプロ化に踏み切ったこともあり、イングランドのサッカー場は、おしなべて専用競技場だった。ピッチとスタンドの距離は近く、観客の熱はすぐ選手に伝わる。

 ところが、これがドイツやイタリアになると、当初、サッカーが行われていたのはほとんどが陸上競技場だった。

 昨年のラグビーW杯を見ても感じたのだが、陸上トラックのあるスタジアムになると、肉弾戦の迫力というのは相当に損なわれる。半面、細かいパスワークなどは、ある程度の距離があっても十分に楽しめた。

 つまり、専用競技場でプレーし、かつもともとはラグビーとルーツを同じくしていたイングランドの場合、試合に激しい肉弾戦を求める観客が多かった。興行となったプロ・サッカーでは、観客のニーズに応えるのが当然。よって、イングランドではキックアンドラッシュが、大陸ではパスワークが発展したのではないか。

 やっぱり、相手と激突してはね飛ばしたりするのって、大量のアドレナリンが必要不可欠な気がするし。

 さらに思いついたこと。

 わたしにとって人生最高の試合、それはペップ体制2年目のバルサがホームにセビリアを迎えた試合だった。

 普段のカンプ・ノウは熱狂的なスタジアムだが、この日は、信じられないぐらいに静かだった。パス、パス、パス。イニエスタやシャビの奏でたサッカーが緻密すぎて、美しすぎて、歓声よりも驚嘆のため息しか出てこなかった。観戦ではなく観賞。そんな試合だった。

 究極のパスサッカーは、興奮ではなく感動を呼ぶ。歓声ではなく静けさを生む。

 そこで思う。観客席が選手のアドレナリンを刺激することのないいまは、荒々しいサッカーより、緻密さを追求するサッカーを利するのではないか。

 海外サッカーに続き、いよいよJ2、J3も再開、開幕した。2節の試合では、とことんポゼッションにこだわるヴェルディのスタイルが目を惹(ひ)いた。個々の動きに物足りない点は多々あるにせよ、注目していきたい。(金子達仁氏=スポーツライター)

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