【コラム】金子達仁

ビビリすぎず、過信せず、覚悟を

[ 2020年6月4日 17:30 ]

 何回か、旅行代理店の方や担当編集者に訊かれたことはある。

 「予防薬、どうしますか?」

 わたしの答えはいつも同じだった。

 「いらんわ、そんなん」

  初めて訪れたとき、飲まなかった。でも、かからなかった。よって、今回も大丈夫。飲めば副作用で酒が呑(の)めなくなる。長い出張をノンアルコールで過ごすなんて考えられない。だったら、多少のリスクはあるにしても、薬なしで行く!マラリアが怖くて南米に、東南アジアに行けるか!――てな感じ。

 ところが、そんなわたしであるにも関わらず、エイズにはビビった。身近に感染者がいたわけでもないのに、ビビりまくった。もし、エイズを防げる予防接種や薬があったとしたら、賭けてもいい、わたしは真っ先に手を挙げていた。

 武漢での感染拡大をきっかけとした今回のコロナ禍は、もうすぐ開始から半年を迎える。この間、全世界で亡くなられた方の数は約40万人だという。1年に直すと80万人から100万人といったところか。

 驚いた。資料によってかなりのズレはあるが、わたしが平然と無視したマラリアは、1年平均にして、全世界で100万人分の命を奪っているという。一方、わたしがビビりまくっていたエイズによる死者も、ここ数年は1年あたり100万人前後だった。

 つまり、新型コロナとマラリア、エイズの危険度…というか、命を奪う破壊力は、数字だけで比較すれば大差はない。なのに、わたしの中の感じ方、とらえ方はまったく違う。いかに自分が軸のない、節操のない人間なのかを思い知らされた。

 プロ野球の練習試合が始まった。もちろん無観客。3カ月ほど前の本欄で「観客のいない試合は味気ない。プロスポーツにはそぐわない」などと阪神・サンズの凡守をくさしていた人間が、いまはそれなりにボーアの本塁打を楽しめている。自分なりにその理由を考えてみた。

 無観客のオープン戦を冷ややかな目で眺めていたわたしは、満員の甲子園と比べていた。退屈で当然。いまは違う。プロ野球がなかったここ数カ月と比べている。もちろん、満員の甲子園とは比べるまでもないが、それでも、あるだけで幸せ。とらえ方次第で気分は変わる。

 だから、来てほしくはないけれど、もしかすると来てしまうかもしれない開幕や再開の延期のために、心の準備はしておきたい。というか、自分に言い聞かせておきたい。

 長いトンネルを抜けた気分だったのに、また予期せぬトンネルに突入することになったとしても、気落ちしないようにしよう。気落ちしたくないがために、強引な開幕や再開を求めることはすまい、と。

 いつかは開幕する、いつかは再開される。そのことに変わりはないのだから。

 あるだけで幸せ。でも、目先な幸せを手にするために、もっと大きな幸せを台無しにすることだけは避けたい。

 東京にアラートが鳴り、プロ野球選手やJリーガーに再び感染者が出てしまったいま、未来は先週末に思い描いていたものと少し変わったものになる可能性がある。

 ビビリすぎず、過信せず、でも、覚悟はしておこうと思う。(金子達仁氏=スポーツライター)

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