【コラム】金子達仁

新型コロナは「地球難」 世界レベルで慎重な判断を

[ 2020年2月28日 05:30 ]

 新聞を見てもテレビを見てもネットを見ても、国の無策に対する批判が渦巻いている。半面、一歩家を出れば、いつもの花粉症対策に毛が生えた程度のケアしかしていない自分がいた。事の重大さはわかったつもりでありながら、どこか人ごと。恥ずかしながら、それが前日までのわたしだった。

 他の人はどうだかわからない。ただ、わたし個人に関して言うと、前日(25日)発表されたJリーグ中断のニュースは「スイッチ」だった。パチンと一瞬にして何かが切り替わった。村井チェアマンは「ある種の国難。Jリーグとして協力していく」と言ったそうだが、「国難」という滅多(めった)に使われない言葉を目にして、一気に目が覚めた気分になった。

 ネットを眺めていると「なぜ開幕から中断しなかったのか」といった声もあった。わたしの考えは逆だ。よくぞ、開幕したにもかかわらず、中断の決断を下したと思う。動く前に止めるのは簡単なことではないが、動きだしたものを止めるのはもっとエネルギーがいる相当な痛みを伴うはずの決断を、よくぞ、である。

 横浜港に停泊中のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」は世界中からやれ悪夢だの病原菌の巣だのとボロカスに言われている。だが、本当にそうだとするならば、都市圏の満員電車はどうなのだろう。車内の人口密度は?他人と接触する度合いは?豪華クルーズ船よりはマシ?中止が決まったサッカーのスタジアムより安全?

 Jリーグが大きく舵(かじ)を切ったことで、わたし自身、今まで考えなかったこと、考えても仕方がないなと勝手に封印していたことを考えるようになった。

 電通は本社勤務の5000人を、資生堂は全社員の3割に当たる8000人を在宅勤務させることに決めた。一方で、相変わらず満員電車での通学を余儀なくされている学生や子供たちがいる。文科省は都道府県の教育委員会などに休校の検討を「求めた」という。

 休校になれば、子供たちの居場所はどうなるのかという問題が出てくる。学校を休んでも塾や習い事に行くのでは意味がないし、学童に集まってしまえば同じこと。ただ、自分たちは決めずに誰かに判断を丸投げするというやり方は、今後、以前よりも厳しい目を向けられるようになるだろう。

 案の定というべきか、26日の午後には安倍首相が大規模イベントの中止、延期を政府として要請した。偶然か必然か、Jの決断と機をほぼ同じくして政治のモードも切り替わったようにも見える。

 ウイルス感染の終息が見えない以上、あと148日に迫った五輪開催の是非についても考えていく必要がある。

 26日付のスポニチでは藤山編集委員が「東京五輪開催のまま1年延期しかないように思える」と書いておられたが、わたしもまったくの同感だ。仮に日本だけは終息したとしても、中国や韓国で蔓延(まんえん)していれば、欧米諸国の恐怖感、嫌悪感は収まるまい。平和の祭典が差別や断絶を煽(あお)る結果になってしまっては本末転倒である。

 これは「国難」であると同時に「地球難」でもある。そんな意識を持って、今後の推移を見守りたい。(金子達仁氏=スポーツライター)

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