【コラム】金子達仁

最後まで全力で戦っていた京都イレブン

[ 2019年11月29日 13:00 ]

 13―1!?スコアを聞いた瞬間、まず思い出したのはブンデスリーガ史上に残る78年4月29日の出来事だった。

 このシーズンのリーガ最終節、優勝争いは同じ勝ち点で並ぶケルンとボルシアMGの2チームに絞られていた。得失点差で「10」優(まさ)るケルンを追う2位ボルシアは、ホームにドルトムントを迎えた。

 ケルンが勝った場合、得失点差を逆転するためには最低でも11点が必要となるボルシアは、立ち上がりから凄(すさ)まじい勢いでドルトムントに襲いかかり、前半だけで6点、後半も同じだけのゴールを奪って12―0で圧勝した。それでも、ケルンが5―0で勝ったため、得失点差で「3」及ばなかった。

 4連覇を逃したボルシアファンの失意は大きかったが、それ以上に収まらなかったのが、惨劇の被害者となったドルトムント側だった。敗戦の翌日、クラブは監督を解任し、選手たちには2000マルク(当時の為替レートで約20万円)の罰金が科せられた。

 ただ、この試合の映像をフルタイムで見てみると、クラブ側の措置はいささか過酷にすぎたのではないか、という気もする。というのも、11ゴール以上を必要としたボルシアの闘志は凄まじく、かつ、彼らは3連覇中の絶対王者だった。一方、ドルトムントは降格の危険もなければ欧州カップ戦出場の可能性もない順位に位置しており、試合にかけるモチベーションには大きな差があった。そんな状況で、開始1分にボルシアが先制点を奪ってしまったものだから“雪崩”が起きたのだ。

 前置きが長くなってしまったが、J2最終節の柏―京都が13―1という結果に終わったと聞き、わたしがまず連想したのが、このブンデスリーガ最終節だった。

 ただ、白いプーマのユニホーム対黄色と黒という点で共通するこの2試合には、決定的に違うところがあった。柏はすでに優勝を決めていたが、京都にはプレーオフ進出がかかっていた。つまり、モチベーションという点で、一方が劣っているということはなかったのである。

 しかも、フルタイムで試合を見返してみると、スコア上はともかく、途中までの内容はほぼ互角で、12―0で勝ったボルシアGKクレフが開店休業状態だったのに対し、柏のGK中村は幾度となく決定機を防いでいた。最終的なボール保持率で優ったのは京都だった。

 さらに言うなら、相手の勢いに怖(お)じ気づき、控え選手が交代出場を拒否したドルトムントと違い、京都の選手は最後まで戦い、ゴールを奪おうとする意欲を見せていた。なぜあんなスコアになったのか。京都に落ち度があったというより、超絶弾の嵐が吹いたから、破壊力はあってもムラっ気もある25歳のケニア人ストライカーが突如なのか、この日に限ってなのか、一気に覚醒したから――としか言いようがない。

 ちなみに、惨敗した京都のベンチには、元ボルシアのエンゲルスがいた。試合翌日に解任されたドルトムントの監督は、後に名将と呼ばれる40歳のレーハーゲルだった。中田一三監督は不思議な縁と、経験の持つ意味の大きさを感じながら、試合後、逃げずにファンの前でマイクをとった。去就は未定だが、中田監督の未来に期待する。(金子達仁氏=スポーツライター)

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