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【コラム】金子達仁

柴崎の相方板倉の成長と覚醒が最大の収穫 コパ・アメリカを振り返る

[ 2019年6月26日 17:00 ]

南米選手権1次リーグC組   日本1-1エクアドル ( 2019年6月24日    ブラジル・ベロオリゾンテ )

<コパ・アメリカ エクアドル・日本>ディフェンスする板倉(撮影・大塚 徹)
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 逃した魚は大きい。

 この大会で日本は3度のリードを奪ったが、一度でもそのアドバンテージをモノにしていれば、次の相手はブラジルだった。待ち受けていたのは、中立地でウルグアイやチリと戦うのとは次元の違う修羅場だった。凄惨(せいさん)な結果に終わる可能性もある、完全敵地での試練。だが、それこそが森保監督をはじめ、選手たちが恋い焦がれた状況だったはずだ。

 つくづく、惜しい。

 この試合に関していえば、痛かったのは前半に2つあった最終ラインでの初歩的なミスだった。あまりにも「ギクリ」とするミスだっただけに、以後しばらくの時間、日本の選手たちはボールをつなぐ勇気を失った。エクアドルからすれば、相手が突如として武器を取り落としてくれたようなもの。そして、相手の弱みにつけ込む彼らの嗅覚は、日本人の比ではない。

 大会全般を通じての反省点、敗因を探すとするならば、わたしはまず柴崎のパートナーに原因を求める。チリ戦にせよウルグアイ戦にせよ、ここがまったく機能しなかったことが、日本の選手たちを酸欠状態に追い込んでしまったからだ。

 だが、滅多(めった)にないことではあるが、この大会における最大の収穫は、敗因と同じところにあった。つまり、エクアドル戦で柴崎のパートナーを務めた板倉の成長と覚醒である。

 チリ戦における中山同様、ウルグアイ戦での板倉は、緊張による視野狭窄(きょうさく)に陥っているように見えた。初代表で南米の古豪と対(たい)峙(じ)したのだから無理もない。顔を出す動きも、ボールを散らす動きも、相手に圧をかける迫力も、まったくもってものたりなかった。森保監督からすれば、2人の操舵(そうだ)師を用意したつもりが、1人が操舵をしてくれなかったようなものだろう。それがウルグアイ戦までの日本だった。

 だが、代表2試合目の板倉は別人だった。ウルグアイ戦で落第点だった部分のほぼすべてを及第点、いや、合格点のレベルにまで引き上げたばかりか、柴崎の良さを引き出すようにもなった。数日前まで弱点だった部分は、一夜にして日本の武器にもなりうると予感させてくれるまでになった。森保体制に限らず、2人のボランチがこれほど美しくハーモニーを奏でた例は、ちょっとない。今後、今大会に参加できなかったメンバーが顔を揃(そろ)えたとしても、チームの根幹となっていくかもしれない関係性だった。

 敗因の一つでありつつ、収穫でもあるという点に関しては、大学生ストライカー上田の名前もあげておかなければなるまい。この日も、岡崎に代わってピッチに入ると、立て続けに二度、決定機に絡んだ。現時点での彼を評するならば、「素晴らしい嗅覚を持つ、恐ろしく未完成のストライカー」とでもなろうか。

 好機を一定割合で得点につなげられるようになれば、彼はとてつもない点取り屋になりうる。大切なのは、これからの日常である。期待したいのは、関東大学リーグでの圧倒的な得点と、「俺が法政を優勝させる」という自負の萌芽(ほうが)。何しろ、彼は日本サッカー史上初めてとなる、南米選手権3試合に出場した大学生なのだ。(金子達仁氏=スポーツライター)

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