【コラム】金子達仁

久保建英に感じた“マラドーナの衝撃”

[ 2019年3月1日 16:30 ]

<川崎F・FC東京>前半、MF大島僚太(左)とボールを競り合うMF久保建英
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 わたし自身、ペレよりもクライフだったし、ディステファノやサー・スタンレー・マシューズと言われても「は?」だったのだから、気持ちはわかる。若い世代は、より自分に近い世代のスターを好む。マラドーナよりメッシの方が上だと決めつける人が増えてきたのも、当然と言えば当然だ。

 わたしは、アルゼンチンでいまだ根強く残る“マラドーナ原理主義者”ではないし、かといって熱烈なメッシの信奉者でもない。ただ、共に左足を利き足とし、共にアルゼンチン代表の背番号10を背負った小柄な2人には、一つ、決定的な違いがあるとも思っている。

 所属したチームのポテンシャルである。

 幼いうちにバルセロナに引き抜かれたメッシは、以来、常に世界最強、もしくはそれに準ずるレベルのチームメートに恵まれてきた。

 マラドーナは違う。彼がデビューしたのは、強豪でもなければ名門でもないアルヘンティノス・ジュニアーズ。その後所属したバルサもナポリも、国内リーグでさえ最強とは言い難いチームだった。

 だが、そんなチームをマラドーナは勝たせた。総合力の違いで劣勢に立たされても、時には自分の力だけでチームを勝利に導いた。クラブに限った話ではない。わたしにとって、W杯史上最高の“ワンパンチ・ノックアウト”は90年イタリア大会におけるアルゼンチン対ブラジル戦だが、その立役者となったのは、もちろんディエゴ・アルマンド・マラドーナだった。

 幸か不幸か、メッシには弱小チームを勝利に導く魔法を期待された経験がない。ドゥンガたちと対峙(たいじ)したマラドーナのように、ほぼすべての時間と局面で蹂躙(じゅうりん)されながら、息をひそめて必殺の一撃を放つ瞬間を待った経験がない。その差が、アルゼンチン代表での実績の違いになって表れているとわたしは思う。

 それがどうした、と言われても仕方のない話を書き連ねてきたのは、先週末の等々力で見た光景が衝撃的だったからである。

 川崎FとFC東京。力の差は歴然としているようにわたしには感じられた。それが0―0の引き分けに終わったのは、アルヘンティノス・ジュニアーズやナポリ、90年のアルゼンチン代表で背番号10をつけた男を彷彿(ほうふつ)とさせる働きをした選手がいたからだった。

 久保建英である。

 これまで、あちこちで聞かれてきた。「彼は本物ですか?」。そのたびにわたしは答えに詰まった。まだわからない、としか答えようがないからだ。だが、いまなら言ってもいいような気がする。少なくとも、昨年よりははるかに強い確信を持って言える。

 久保建英は、本物だ。

 世代的に考えて、おそらく彼のアイドルはメッシだろう。だが、W杯における日本の立ち位置を鑑みれば、期待されるのはマラドーナ的役割だ。チーム力では劣っても、自分が勝たせる。そんな気概を持った選手に、久保にはなってもらいたい。

 17歳のマラドーナは、78年W杯のメンバーから外された時、名将メノッティに「一生許さない」と噛(か)みついた。一人でチームを勝たせたのは、そんなメンタリティーを持った男だった。(金子達仁氏=スポーツライター)

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