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【コラム】海外通信員

容易ではない『アウェーサポーターの帰還』

[ 2016年9月21日 05:30 ]

 アルゼンチン1部リーグでは今シーズンから、特定の試合に限りアウェーサポーターの入場を許可する試みを実践している。

 …と書くと「ホームのサポーターしかスタジアムに入れないの?」と驚かれるに違いない。アルゼンチンの1部リーグでは2013年7月以来、アウェーサポーターのスタジアム入場が原則的に禁じられている。理由はもちろん「暴動の回避」だ。

 きっかけとなったのは、3年前の6月に起きた事件だった。アウェーゲームの観戦に訪れたラヌースのサポーター集団が、試合開始寸前に大勢で押しかけて入場しようとしたためにスタジアム入口が緊迫した状態となり、警備にあたっていた警官隊が興奮するサポーターたちを鎮圧しようとしたところで暴動となってしまった。

 この結果、警官が至近距離から発砲したゴム弾が1人のサポーターの胸を貫通。サポーターは即刻病院に運ばれたが、救急車で搬送されていた間に死亡が確認された。

 事件の詳細を知れば、スタジアム周辺及び内部での暴動が決してホームとアウェーのサポーター同士の衝突によるものだけではないことがわかる。直前の入場時の混乱が引き起こす事故であれば、ホームチームのサポーターだけでも十分起こりうることだ。試合中に同じチームのサポーターによる争いから死傷者が出たケースも少なくない。

 また、サポーターの乗った貸切バスがスタジアムに向っていた途中、何者かによって銃撃され、乗っていたひとりの若者が銃弾を受けて命を落としたこともあった。この時バスは会場からまだ離れた地点を走っていたとされ、警備の行き届いていない場所で起きた事故となった。

 つまり、アウェーサポーターの入場を禁じても、スタジアム周辺の警備を徹底させても、暴動は起きていることになる。過去十年ほどの間、死傷者がひとりも出なかったシーズンはない。アウェーサポーターの入場による収益金がないために悲鳴を上げているクラブは多く、何よりもホームのサポーターだけだとエンターテイメントとしての醍醐味にも欠けてしまう。

 そこで今シーズンから、スポーツ会場における暴動予防機関「APreViDe」が、試合ごとに状況を判断し、安全性が確認された場合のみアウェーサポーターの入場を許可するようになったというわけである。

 安全を見極めるためには、ケースバイケースで基準が異なる。例えば来たる第4節の場合、ブエノスアイレス郊外で行なわれるデフェンサ・イ・フスティシア対リーベルプレートの試合でアウェーサポーターの入場が検討されていたが、デフェンサのサポーターの中にリーベルのライバルであるボカ・ジュニオルスのサポーター集団と近しいグループが存在するという情報から衝突が予想され、試合を5日後に控えた現時点では「アウェーサポーターの入場は不可」という見方が強まっている。

 第3節では、ゴドイクルス対ボカ戦でアウェーサポーターの入場が許可され、メンドーサ市を本拠地とするゴドイクルスのホームスタジアムの半分がボカのサポーターで埋め尽くされ、大いに盛り上がった。ワインの産地として名高いメンドーサは山岳地帯の美しい街で、ブエノスアイレス市から訪れた大勢のボカファンは観光も満喫していた。こういった「サッカー観戦のごく普通の楽しみ方」が各会場でできない状況に、何とかならないものかと苛立ちを覚えるが、日に日に治安が悪化し、連日強盗殺人事件のニュースが報じられるアルゼンチンにおいて、「平和なスポーツ観戦」を望むことそのものが無茶であるようにも思えてくる。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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