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【コラム】海外通信員

アルゼンチン代表新監督が決定するまで

[ 2016年8月5日 05:30 ]

アルゼンチン代表監督に就任したバウサ氏
Photo By AP

 「どうやらアルゼンチン代表の新監督が決まったらしい」という情報が流れたのは、私がこの原稿を書き始める数時間前のことだった。それまでは「いつ決まるのか全く不明」というテーマで書こうと考えていたので、実にいいタイミングだった。

 7月5日に突然辞任を宣言したヘラルド・マルティーノの後任に決まったのは、サンパウロの監督を務めるエドガルド・バウサだった。バウサは現役時代にロサリオ・セントラルのCBとして活躍し、アルゼンチン代表として90年W杯のメンバーに選ばれた経歴を持つ。98年に指導者に転身してからは古巣セントラルを含む国内外の様々なクラブの指揮を担当したが、国際的に実績が評価されるようになったのは08年にリーガ・デ・キト(エクアドル)、14年にサンロレンソ(アルゼンチン)をコパ・リベルタドーレスで優勝させてからのことだ。

 「パトン」の愛称で親しまれるバウサには、私も14年のクラブワールドカップ前に何度か取材しているが、穏やかな人格ながら意思は強く、個性の強い選手たちをまとめる威厳を感じさせる人、という印象を受けた。守備面のこだわりが強く、特に自身もプレーしていたCBのポジションには「素早さとインテリジェンス」を必須条件とした厳しい目で選手を選ぶ。守備重視でありながら力と速さ任せに攻めるだけではなく、攻撃面では創造力の高い選手を好むことでも知られる。

 そのバウサを代表監督に選んだのは、AFA(アルゼンチンサッカー協会)の正常化委員会のアルマンド・ペレス委員長だ。この正常化委員会というのはFIFAの調査団によって結成されたもので、その名のとおり、運営に不正が発覚したAFAを1年間で「清浄」する任務を果たすことになっているのだが、このペレス委員長が代表監督を選考し始めたときから「喜劇」の幕開けとなった。

 「次期代表候補」として最初に名前が挙がったのはホルヘ・サンパオリ。セビージャの監督に就任したばかりのサンパオリだが、契約内容には「アルゼンチン代表監督に選ばれた場合は契約破棄も可能」という条件が含まれていた。だが本人は「本当なら海を泳いででも(代表監督になるため)アルゼンチンに行きたいが、ここでセビージャを辞めるような無責任なことはできない」という理由で断った。

 続いて、ラツィオの監督をたった2日で辞任したマルセロ・ビエルサも候補に挙げられ、一部のメディアからは「本人も代表チームでの再挑戦に意欲的」と報道された。しかし、ペレス委員長が実際に電話で会談希望の旨を伝えた際、ビエルサからの返答は「ノー」。ほぼ同時期に、メディアはディエゴ・シメオネ、マウリシオ・ポチェティーノ、マルセロ・ガジャルド、エドアルド・ベリッソなどを候補に挙げたが、実際にはペレス委員長はこのうちの誰とも直接話をしておらず、どうやらAFA関係者が単独でコンタクトを試みたものの、すでにクラブチームの監督を務めている全員から「丁重にお断り」される結果となった。

 相応しい人材が見つからず、一時はAFA役員の中から「代表監督に兼任を認めてパートタイム制にしてはどうか」というとんでもない提案が出されたが、幸いそのアイデアは議論されるまでもなく消滅。ペレス委員長は7月の最終週、バウサとミゲル・アンヘル・ルッソの2人の候補を自宅に招いて会談し、さらに、自ら次期代表監督就任を希望すると名乗りをあげたラモン・ディアスとリカルド・カルーソ・ロンバルディとも面会してそれぞれのプロジェクトを聞く機会を設けた。

 そして8月1日の午後、ペレス委員長は「私が実際に会って話をした4人の中から選んだ」として代表監督が決まったことを発表。夜、AFA本部にて公式発表が行なわれ、バウサ監督は8月6日から代表での仕事をスタートさせることとなった。

 候補とされる監督たちが立て続けに代表監督就任を断ったためにドタバタしている印象を与えたが、各自の契約内容を確認した後、ペレス委員長が自ら面会を希望したのはバウサとルッソの2人のみ。下調べの段階でメディアが「シメオネにコンタクトがあった」、「今度はポチェティーノだ」と騒ぎたてなければ、ディエゴ・マラドーナが「代表監督選びはまるで喜劇」と嘲笑することもなかったかもしれない。

 アルゼンチン代表監督は、過去35年間にわたり、フリオ・グロンドーナ前会長のほぼ独断によって決められてきた。グロンドーナの考えにメディアや一般のファンが影響を与えることは完全に不可能だったが、今回、前会長亡き後初めて代表監督が選ばれることになり、各メディアには「騒ぎ過ぎ」のきらいが感じられなくもなかった。

 さてバウサ監督の最初の任務は、代表引退を宣言したリオネル・メッシと話をすることだ。共にロサリオの出身ということで共通の友人も多く、バウサがペレス委員長と会談した直後からすでにメッシの家族とコンタクトを取っていたという話もある。

 アルゼンチン代表は9月のW杯予選で、ウルグアイとベネズエラという強敵2チームとの試合を控えている。就任からわずか1ヵ月後にW杯予選に挑むのは、2014年W杯でアルゼンチンを率いたアレハンドロ・サベーラ監督と全く同じだが、今のチームはサベーラの時よりもメンタル面でダメージを受けている。再建は容易な仕事ではないが、バウサ監督の手腕に期待したい。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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