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【コラム】海外通信員

ベンゼマ代表追放 フランス代表の敵はフランス代表自身

[ 2015年12月20日 05:30 ]

ベンゼマの代表追放処分を発表するフランスフットボール連盟のノエル・ルグラエット会長
Photo By AP

 EURO2016の組み合わせが決まり、ルーマニア、アルバニア、スイスを引き当てたフランス代表は、ひとまずほっと一息ついたところだ。この間、ベンゼマ事件、無差別テロと激震が続いていたため、なおさら深い安堵だった。

 だがベンゼマ事件は、フランス代表の“獅子身中の虫”ともなりかねず、その“害毒”は今後も燻る可能性がある。

 事件が起きたのは10月。それもクレールフォンテーヌ(フランスフットボールの総本山)での代表キャンプ中だった。ディディエ・デシャン監督下で最多マッチ数を誇るマテュー・ヴァルビュエナが、脅迫電話を受けたのである。「プライベートなセックスシーンを撮影した本人の携帯映像を持っている、公開されたくなかったら金を払え」という趣旨だった。

 度胆を抜かれたが、ヴァルビュエナは冷静に対応する。会話時間を稼ぎながら代表警備担当の警官を探し、やっと見つけるとスピーカーモードにして立ち合わせたのである。重大性を理解した警官は直ちに管轄に通報、捜査が開始された。やがて警察はヴァルビュエナに、「また誰かから接触があると思うが驚かないように」と忠告する。

 だが驚かないわけにはいかなかった。接触してきたのは何と、チームメイトで代表エースストライカーのカリム・ベンゼマだったからである。

 ベンゼマはクレールフォンテーヌの部屋でヴァルビュエナに対峙すると、「公開されたら大変なことになる、よかったら自分の親友に会わないか」、と奨励する。親友とはベンゼマの幼馴染みで、カリム・ゼナティといい、強盗で刑に服した前科もある人物。いつもベンゼマの周囲にいる取り巻きだった。

 だが2人のカリムは、まさかすでに警察に盗聴されているとは思わなかった。そこで2人は、ヴァルビュエナが蒼白になっていたと電話で笑い合う。「(公開されれば)みんなから小便をひっかけられるぜ」などという、聞くに堪えない嘲弄もあった。

 この事件でベンゼマは、恐喝および組織犯罪未遂事件への連座容疑で取り調べを受け、マルセイユ在住の首謀者、仲介したゼナティともども、司直の手に委ねられた。また、もみ消しや再脅迫の恐れもあることから、ベンゼマとヴァルビュエナが会ったり会話したりすることも禁止された。被害者を守るための当然の措置だった。

 だが問題は、フランスフットボール連盟のノエル・ルグラエット会長が、被害者のヴァルビュエナを忘れて、ベンゼマをサポートする姿勢をみせてしまったことである。フットボール界の一部にも、「モラルよりスポーツ面優先」という論調が出た。しかも、「ベンゼマが代表から外されればチームメイトはヴァルビュエナを“もぐら”(ちくり屋)とみるだろう」、という見方まで出た。さかさまである。これでヴァルビュエナは二重の被害者となった。

 幸い代表的メディアはこの愚劣に陥らず、レキップ紙は2人のカリムの会話を入手して全文掲載。高級紙ルモンドは、沈黙を守っていた被害者の独占インタビューをゲットした。

 これらを受けて11月11日、ついにルグラエット会長も記者会見に追い込まれ、「会長による倫理上の決断」として「新たな司法展開がない限りベンゼマの代表招集は不能」と発表した。だが司直に委ねるだけで連盟としての処罰はなく、ベンゼマへの愛着も再強調、捜査のスピードアップを希望し、2人が“仲良く”EUROに出場できることを期待した。長年ギャンガン市長を務めた政治家だけあって、演説は用意周到。うまく逃げ切った。

 とはいえスッキリしなかったのも事実。ヴァルビュエナについては、やっと「被害者であり招集可能」と断言したが、携帯を盗まれた不注意についてチクリと皮肉った。

 「?」である。果たしてこれで、“解毒”されるのだろうか?

 もちろんベンゼマは、司法の審判が出るまではあくまでも容疑者であり、“推定無罪”。それは人権として尊重されねばならない。ベンゼマ自身もテレビで潔白を主張し、唯一の悔いは電話でふざけてしまったことだと語った。だが事の重大さに対する自覚は伝わってこず、世論説得には至らなかった。なにしろその容疑内容は、最悪で禁固5年もありうる刑事事件なのである。

 あのW杯南ア大会ナイスナ事件でさえ、スペクタクルだったが司法問題ではなかった。それでもニコラ・アネルカは雑言で連盟から長期処分を受け、キャプテンのパトリス・エヴラ、副キャプテンのフランク・リベリ、声明文を書くことに協力しただけのジェレミー・トゥラランまでが処分された。それどころかヤン・エムヴィラやアントニー・グリエーズマンなど、U-21代表宿舎を抜け出して夜遊びしただけで長期処分を受けた。

 それなのにA代表キャンプ中にチームメイト恐喝を仲介したかもしれず、実際チームメイトを嘲弄したベンゼマは、連盟の処分対象外。「スターだから」ということにならないだろうか?しかも、もしヴァルビュエナがチームメイトから白眼視され孤立するようなら、モラルハラスメント(違法)にもなりかねない。

 「ヴァルビュエナに対して彼(ベンゼマ)がとった態度は、ナイトクラブに出かけることより重大じゃないわけか?なぜ二重基準なのか?EUROに勝つため?だとしたら何と悪いサインを送ったことか!」(98年世界王者で解説者のクリストフ・デュガリー)

 自国開催のEURO2016開幕まで6カ月弱。この間にヴァルビュエナは重い十字架を背負いながら代表に招集され続ける戦いを強いられ、デシャン監督はいっさいのハラスメントを排除しながら健全で団結したチームづくりをしなければならないだろう。

 開幕戦の相手ルーマニアは、予選を通じて無敗・最少失点(2)の堅牢な守備を誇る。ベンゼマなしでもそれを崩さねばならない。フランス代表の敵はフランス代表自身なのだ。(結城麻里=パリ通信員)

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