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【コラム】海外通信員

進化する怪物イブラヒモヴィッチ

[ 2012年1月28日 06:00 ]

11年セリエA最優秀選手に選ばれたACミランのFWイブラヒモビッチ
Photo By AP

 イブラヒモヴィッチの快進撃が止まらない。

 まさに記録づくめの前半戦だった。昨季以上に開幕からゴールを量産し、あらゆる自己記録を更新したACミランの”怪物”。これまで己の感情を殺すことができなかった悪童が、ピッチ上で心は熱く頭はクールに変身。新境地を切り開き、リーグ戦11ゴール4アシスト(第16節現在)でガゼッタ・デッロ・スポルト紙が選ぶ2011年度末の今季主演男優賞に輝いた。し烈な得点王争いを演じるライバルは多い。3年連続セリエA得点王を目指すウディネーゼFWディ・ナターレを筆頭に、今季大ブレイクのアタランタのFWデニス。さらに、今季セリエA初挑戦ながら抜群の決定力を見せるラツィオのドイツ代表ベテランFWクローゼ、ナポリの”マタドール”ことカバーニ。そんな中、誰よりもチームへの貢献度が高い選手はミランを完全復活させたイブラだった。
 
 連覇を目指すミランは昨年同様に開幕ダッシュにつまずいた。開幕5戦で1勝2分け2敗のわずか5ポイント。 ケガで絶対的エースが3試合も欠場したのだから仕方ない。6節ユベントス戦に0-2の完敗後、ディーゼル・エンジンからターボ・エンジンに積み替えたミランは爆発的な得点力で怒涛の快進撃。クリスマス前に首位ユベントスに並んだ。だが、今季のミランもイブラもなにか様子が違う。

 イブラを除く世界屈指のFW陣全員が沈黙しているのだ。心臓疾患で長期離脱のカッサーノ、故障を繰り返す不安定なパト、相変わらずゴール前で決定機に外しまくるロビーニョ、ベテランのインザーギは指揮官の構想外。彼ら4人のゴール合計数は16節現在でわずか5。昨季、イブラと14ゴールでチーム内得点王を仲良く3人で分け合ったパトとロビーニョのブラジル人の不調が際立つ。代わりに、6ゴールでチーム2位の得点力を誇る意外な救世主ノチェリーノやトップ下で才能を開花させつつある4得点のボアテングらMF陣の威勢がいい。

 予想外のFW陣不調が今季のイブラのスタイルを変えた。昨季のミランのサッカーと彼のスタイルは決して相性がよくなかった。相変わらずの得点力を誇るが、コンビネーション面では完全といえず、個人技頼みという感が否めなかった。だが、今季は完璧にマッチしている。本人は「カッサーノのいないミランは戦い方が変わる。俺もいつもと違うプレーをしないといけないんだ。でも、自分を犠牲にし、チームのためにプレーするのも好きだ」とプレースタイルの変化を認めている。あらゆるポジションに顔を出し、プレーエリアが格段と広がった。前線に張り付き、常に相手の執拗なマークを受けていたインテル時代と違い、中盤まで下がってフリーな状態でボールを受けることが多い。そこから、ゆっくりとペースアップし攻撃へと絡んでいく。

 そして、何にも増して心のゆとりが違うのだ。「俺は全てのタイトルを望んでいる。だが、チャンピオンズリーグで優勝できなくても絶望はしない。優勝できれば嬉しいし、そうでなくても俺のキャリアが失敗に終わったなんて考えない」と今季は何が何でもヨーロッパの頂点を目指すという使命を感じさせない。肩の力が抜け適度にリラックスし、精神状態がいい。厳しいマークを受けても、試合最後まで感情をセルフコントロールすることができている。インテル時代はチャンピオンズリーグ制覇を目指し鼻息が荒かった。いつもトップギアに入りっぱなしだった。今は、寝ても覚めてもビッグイヤーの夢ばかり見ていた時とは違う。イタリアの国営放送RAIの解説者でポーランドが誇る元ユベントスFWのボニエクは「あらゆる面でイブラは成熟した。プレーの多様性と特に心理面での成長が著しい。あらゆる選手とも共存できる最高のFW」とイブラを絶賛。
 
 得点王を争うアタランタのデニスとの一戦(ミラン2-0アタランタ)では、1アシスト1ゴールとチームを勝利に導いた。試合終了後のピッチ脇でスカイの「マン・オブ・ザ・マッチ」のインタビューを受けている時、相手サポーターから凄まじいブーイング。だが、終始、冷静さを保ち、皮肉を込めた丁寧なあいさつでピッチを後にした。一昔前のイブラだったら暴言を吐きながらジェスチャーを交えて応戦したことだろう。翌日のガゼッタ・デッロ・スポルト紙の採点は7.5点。「サイド、ゴールエリア、中盤とどこにでも姿を現し、危険な存在」と称賛した。インテル時代は孤軍奮闘のイメージは否めなかったが、現在のミランでは周囲を生かすことで、自分もよりよく生きている。今、ミランのアッレグリ監督からは全幅の信頼を寄せられ、”真の怪物”として完成されたFWに変身しようとしている。シーズン半分が終了した1月22日の第19節現在、イブラは既に昨季成績の14得点を記録し得点ランキングトップタイにいる。(下妻 宏=イタリア通信員)

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