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【コラム】海外通信員

グルノーブル・フットの経営が行き詰った3つの理由

[ 2011年2月3日 06:00 ]

 グルノーブルの主要株主インデックスが、倒産寸前のグルノーブル・フットの“救世主”として現れたのは、2004年のことだった。それから8年、インデックスはグルノーブル・フットに4千万ユーロ(約45億円)以上を投資してきた。にもかかわらず、現在の価値はわずか5百万ユーロ(約5.6億円)といわれている。万が一、倒産という最悪のシナリオになった場合には、清算手続きを行う商業裁判所が、わずか1ユーロ(約112円)で売却するという話だ。数々の訴訟や、高給の選手を多く抱えている現在、状況はインデックスがクラブを買収した2004年当時よりもずっと悪い。

 その理由を、“サッカーチームを通じての、地元に根づいたモバイルコンテンツの欧州展開”という、当時のインデックスのクラブ買収理由に加え、当時を良く知るクラブ関係者のコメントをからめて分析してみたい。

 【その1:日本は遠すぎた】

 言葉の壁。そして文化の壁。

 それを越えるために必要だったのは、「正しい人選」と「即対応」の姿勢だ。最初に会長代理に就任したピエール・マゼ氏は、ドイツ語の大学教授資格を持ったインテリで、サッカーにはまるで興味を持っておらず、その存在感も存在意義もゼロだったと話すのは、グルノーブル・フットの理事会メンバーのひとり、ナッセールだ。また、現在トゥール(1月31日現在2部6位)のスポーツディレクターのマックス・マーティーが解雇された際、理事会のフェスレール会長と同様、ナッセールは声高に異議を唱えていた。マックス・マーティーの価値は、トゥールの現在の成績や、グルノーブルに干されたFWオリヴィエ・ジルーの、リーグ・アン(モンペリエ)での大活躍(トゥールで活躍したあとに引き抜かれた)を見ても一目瞭然だ。

 リストは長いが、私は、多くの人選が間違いだったと思っている。クラブの傍で、しかと内情を見据えない限り、適切な経営陣の人選は不可能だったと切に感じる。
ビッククラブの名物会長やGMは、常にクラブの傍にいて、とてつもない愛情と発言権と存在感を持っている。インデックス会長と日本人経営陣には、常に「遠い」「対応が遅い」「対話ができない」「誰が対話相手なのかわからない」「無言」というイメージがつきまとったように、フランスの裏の日本からの“遠隔経営”には無理があったと言える。

 【その2:市場調査が不足していた】

 “モバイルコンテンツの欧州展開”と聞いたとき、私は直感的に「失敗するな」と感じた。2004年の時点でフランス滞在9年目だった私が当時所有していたのは、小さな白黒画面の、ずんぐりとした携帯電話で、もちろんネット接続もなし。電話とショートメッセージ以外に、携帯電話に周辺機能などなかった時代だ。だから、新スタジアムのチケットや、スタジアムに向かう市街電車(トラム)のチケットを携帯で、なんていうプロジェクトを聞いたときは、コスト的にも、利用可能性から考えても、絶対無理だと思った(事実、実現しなかった)。

 インデックスは、欧州市場参入を考えたとき、欧州での市場調査を行ったのだろうか?日本の特殊なモバイルコンテンツ市場が、そのままフランスでも通用すると考えるのはあまりに安易すぎた。

 少し話はずれるが、「白い恋人」がメインスポンサーになったころ、ナッセール(カフェ経営者)のお店で、「白い恋人」が試験販売された。値段は1箱20ユーロくらいだったと記憶している。20ユーロ(約2200円)あれば、ナッセールの店の正面にある有名なパン屋で、豪華なパティスリーを買える。チョコを挟んだラングドシャなら、近くのスーパーで2ユーロ(約220円)も出せば買える。つまり、「白い恋人」を購入したいと思わせる付加価値はゼロだった。これも、日本の特殊な市場事情をそのまま欧州に持ち込もうとして失敗したケースだと言える。

 ちなみに「白い恋人」は1箱売れた。買ったのは他でもない、私だ。

 【その3:地元に根づいていなかった】

 “地元に根づいた”とはどういう意味だろうか、と考えたとき、まず一番最初に私の頭に思い浮かんだのは、「協会」「スポンサー」だ。

 本題に入る前に、フランスのサッカークラブの仕組みを簡単に説明する。プロチームが存在するためにはライセンスが必要だが、クラブはライセンスを所有できない。ライセンスを所有する、クラブから独立した「アソシエーション(協会)」と、その理事会メンバーの存在が必要不可欠だ。

 日本人が参入する前、グルノーブル・フットが困難に陥るたび、自分たちのポケットマネーで経済的な援助をしてきたのは、そのアソシエーションのメンバー達である。彼らはチームがどんな状況であろうと、背を向けることなく、常にクラブの傍にいた。そして、たとえインデックスが撤退しても、クラブが倒産しても、きっとチームを見捨てない。
なのに、クラブが1部に昇格を果たしたとたん、彼らの観客席は、メインスタンドから外された。スポンサーを優先し、協会を後回しにするところに、目先にとらわれすぎた経営の実態があると言える。

 また、当初グルノーブルは、地元フランスのスポーツメーカー、DUARIGをスポンサーにしていた。ナッセールの話では、資金難のため支払いが滞ったときでも見捨てることなく、クラブにサッカー用品を提供してくれていたという。インデックスは、そんなDUARIGをあっさりと捨てて、ヒュンメルに乗り換えた(今はナイキ)。1部でも、ヨアン・グルキュフの父が監督を務めるロリアンが、DUARIGを使っている。地元に根づいた経営を目指していたのなら、せめて育成センターの方だけでも、DUARIGを使い続けて欲しかったし、ヒュンメルやナイキなんかより意味や付加価値があってずっとかっこいいと思うのは、私だけだろうか。

 倒産危機にある現在のグルノーブルが、2004年当時よりも状況が悪いのには、いくつか理由がある。経営難による“行政的降格”の仮処分を受けているのに加え、そのまま降格圏内に停滞すれば、“ダブル降格”となる。クラブがプロであり続けるには、せめて3部(ナショナル)に留まらなければならない。ダブル降格により4部(CFA)に落ちれば、クラブはアマチュア扱いになってしまう。これにより、現在5部(CFA2)にいるリザーブチーム兼育成センターは、6部に格下げになる(プロとリザーブには最低2部の差が必要)。グルノーブルの育成センターは、リヨンやマルセイユよりもレベルが高いことで有名だが、最悪のシナリオになれば、クラブのプロライセンスの剥奪だけでなく、育成センターもレベルを落とす。

 グルノーブルは今、アソシエーションのメンバーや地元の関係者が長い時間をかけて築いてきたものを一瞬にして失ってしまう、ほんの一歩手前にいる。昨年12月中旬、買収に名乗りを挙げた弁護士のグラントゥルコも、インデックスとの交渉決裂を理由に、買収から撤退した。インデックスから受けた最後のオファーは、「とても受け入れられないもの」と憤慨していたが、これには協会理事会長で弁護士のフェスレールも同様の発言をしている。日本側は「全ての要望に応えた」としているが、ここにも「言葉」と「文化」の温度差を感じた。そしてこの深淵は、もう二度と埋まることはない。(中尾裕子=グルノーブル通信員)

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