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【コラム】海外通信員

批判に対してネイマールがCMを使って反論したが…

[ 2018年8月3日 06:00 ]

批判を浴び続けるブラジル代表FWネイマール(パリSG)
Photo By AP

 サッカーはブラジルにとって、ブラジル人であることを誇りに思える筆頭の材料だった。かつて、アイルトン・セナがF1で優勝を重ねていた時、セナがブラジル国旗を高らかに掲げる姿を見るのはブラジル人にとって至福の瞬間だった。

 それと同じくW杯でセレソンが活躍する姿を見ながら、W杯期間中お祭り騒ぎをするのもブラジル人にとって至福の時だった。サッカーは国の誇りであり、10番のクラッキ(スター選手)は英雄視される。これまでもそうだったし、今回のロシアW杯でもそうだった。成功すれば英雄、しかし、名誉を傷つけるようなことをしたら、一気に批判の対象になる。ロシアW杯でネイマールは英雄ではなく、批判の対象となった。ベルギー戦後、いっさいインタビューに答えること無く無言を貫いたネイマールに対して、元ブラジル代表監督のヴァンデルレイ・ルシェンブルゴは、「彼は間違いなくロシアW杯でのブラジルナンバー1のプレーヤーだった。だからこそ、試合で負けたとしても、皆の前で、責任持って話すべきだった。」とコメントしていた。

 そして、今週、ネイマールはブラジル及び世界中からの批判に対してロシアW杯後初めて公に声を発した。彼には反論する権利がある。インスタグラムで「ファウルする奴より、される側を批判するのはおかしい。」と訴えたことも正しい。それはその通りだ。しかし、今回、彼が選んだ反論の手段は実にまずかった。まさに批判の火に油を自ら注いでしまったのだ。

 それはネイマールが2010年から広告塔を務めるカミソリ&替刃のジレットの新キャンペーン『毎日が新しい自分』に乗っかった形のCMだった。

 「どれほどピッチの中で苦しんでいるか。自分から転んだんじゃない。崩れ落ちたんだ。甘えた子どもなんて批判するけど、僕の心の中に子どもの自分はあり続ける。でも、ピッチでは子どもじゃない。崩れ落ちたことは、手術跡の痛みよりも、踏みつけられた痛みよりも遥かに大きい。皆からの批判を受け入れるのに時間がかかった。鏡で自分の姿を見るのにも時間がかかったけど、やっと新しい自分になれたよ。石を投げつけてもいいさ。僕はもっと強くなる。ブラジルと一緒に立ち上がる。」

 ”ひげを剃ってさっぱりして、新しい自分になる”というCMに倒れても立ち上がって新たな自分になるというネイマールを掛け合わせたのがコンセプトだが、最悪の反響を呼んでしまった。

 ロシアW杯を振り返ったというよりも、自分を正当化、美化することに必死になったようにしか見えず、さらに700万ドルの契約があるからこのCMに出ている現実が垣間見えたことで、さらに人々の反感と失笑を買ってしまった。元々、インスタグラムも広告の手段と皮肉がられていたが、このCMはお金で動く人という印象を自ら強烈にアピールしてしまった。なぜこんな訳の分からないことをしてしまったのだろう。彼は自分のサッカーをピッチの中で見せて答えを出すだけで良かったはずなのに。言葉を発したかったのなら、記者会見を開いても良かった。自分の弱さも強さもありのまま、真摯に答えることでシンパシーを得られたかもしれない。しかし、彼が選んだ手段は広告を利用することだった。

 26歳という年齢にも関わらず周囲の、特に父親の過保護さも批判されている。『もう子どもじゃないんだから』とさまざまなTVの討論番組でネイマールの子どもぶりを批判していた。バレーボールの元ブラジル代表プレーヤーで五輪メダリストのアナ・パウラは「スポーツ選手のキャリアは短い。私達の職業は30歳で引退するのが普通なのだから、26歳なら引退に近づいている年だ。」とアスリートとしての精神年齢について説いていた。17歳からプロ選手になったネイマールは、26歳はもうベテランの域に達している。4年前なら、ネイマールはまだこれからの選手だった。まだ、『メニーノ(少年』扱いはおかしい。

 ネイマールの成功は、周囲のブレーンに支えられての成功とはいえ、もういい加減に周囲が必要以上に過保護にする時期は終わったのではないかと。もっと自立すべきだと言われている。

 サッカーは、国民にとって喜びであり、同時に不満のはけ口でもある。プレーヤーは英雄であり、同時に憎しみの対象にもなる。その昔は、サッカー選手は自分たち貧しい民の代表だった。しかし、今は朝早く起きて、満員の電車やバスに乗って職場まで行き、微々たるサラリーをもらいながらも、家族を養っている民衆に対して、成功を収めたプレーヤーは宝くじをあてて、一抜けした勝ち組。ネイマールは豪華ヨット、自家用ジェット機、派手なパーティー、高級ブランドとお金で手に入らないものはないというレベルまで達した。父ネイマールは「5代先まで財産を作った。」と言っている。

 そんなネイマールに、民衆がシンパシーを感じることはない。本人は苦しんだと言うが、自分たちの苦しみに比べれば微々たるものという扱い。困ったことがあっても、周囲が全部解決してくれると皮肉を言われる。

 ロシアW杯でのセレソンのテクニカルコーディネーターのエドゥー・ガスパールが、記者会見で、ネイマールのことを擁護した。

 「ネイマールと一緒に仕事をしてみて、もっと評価されても良いと思う。W杯前に怪我をして、リハビリして、本番前に2試合をすることができて、ネイマールじゃなかったら、あそこまでの回復は臨めなかったかもしれない。そういう意味で、彼は本当によくやった。笑っても、泣いても、インタビューをしてもしなくても、批判も賞賛も受ける。ネイマールでいることは本当にタフなんだ。セレソンでのネイマールは、全てのノルマをこなした。特別扱いはしていない。彼をかばうのではない。彼と一緒にロシアW杯で仕事をしてスペクタクルな時間だった。」

 ただ、エドゥー自身、思わずネイマールのことを「メニーノ=少年」と言ってから、「アスリート」と言い直したことからもわかるように、やはりネイマールをメニーノ(少年)と思っているからこそ出てしまった言葉だった。

 ただ、ネイマールが世の中のために何も貢献していないわけではないことも付け加えておこう。故郷のプライア・グランデにネイマールJr教育センターを設立して、子供たちへの支援をしている。さらに、世界中の子供たちに対してネイマールが考案した”ネイマール・ジュニア・ファイブ”でストリートサッカーを推進、応援して予選を勝ち抜いた世界53カ国が集結した世界大会を開催した。全世界における参加人数は10万人を超えるという。

 彼に少年の心があるからこそ、ボールを蹴る楽しさを世界の若者と分かち合うスピリットがあることも事実だ。このような大会はネイマールの名前があって、スポンサーがつくからこそ実現できるもの。スポンサーの存在に感謝することはたくさんあるのも現実で、やみくもにスポンサーの存在を否定するのは極論なのだが、民衆のアンチムードを引き起こしてしまったのはネイマール本人。金のにおいがつきまとうイメージを拭い去るには、まだまだ時間がかかりそうだ。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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