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【コラム】海外通信員

グリエーズマンはどこだ? 攻撃陣不振のまま、アルゼンチン戦へ

[ 2018年6月29日 14:00 ]

第1戦オーストラリア戦でのPK弾のみと、ゴールも調子も上がっていないフランス代表グリエーズマン
Photo By ゲッティ イメージズ

 「しらけ」「退屈」「わびしい」「嘆かわしい」「悲壮」「醜悪」「虚無」「ブラックホール」「観直すに耐えない」――

 たった1本の記事にこれだけの単語が並んだのも珍しい。

 フランス・デンマーク戦(0−0)から一夜明けた27日朝、ヴァンサン・デュリュック記者による「レキップ」紙メーン記事は、これらの用語を散りばめたうえ、「フットボール好きなら、今回のW杯ではフランスがプレーしない試合を観た方がいい」という皮肉まで挿入。それでも怒ったサポーターには足らないほどだった。

 絶大な攻撃ポテンシャルをもつ今回のフランス代表には、華麗なる活躍が期待されていたもの。各国の識者予想も「ベスト4確実」が当然になっていたし、エマニュエル・マクロン大統領など「2つ目の星」(2回目の優勝)にさえ言及。恐れを知らぬ猛攻、次々と手裏剣を飛ばすごとき攻撃シーンが見られるかもしれないという予感が漂った。

 ところが蓋を開けてみると、グループリーグ3試合を終えた現時点での“収穫”は、チャンスを多くつくったペルー戦(1−0)前半戦のみ。デュリュック記者は「グループ生活はうまく回っているのに、ピッチ上ではうまくプレーできないチーム」と総括した。

 とくに回らないのが、期待の的だった攻撃陣。なかでもエースのグリエーズマンは、まるで居場所を探しているかのような印象を醸し出している。足は重く、表情も暗く、なにやら靄に包まれたような雰囲気なのだ。このため報道陣はその謎を解明しようと、「単なる疲労蓄積?」「それともメンタルか?」「アトレティコ残留決定をアメリカ流の安物ドラマにしたツケじゃないか?」と話題騒然になった。

 これにたいし親友のポール・ポグバは、笑いながらとは言え「俺のグリズーに手を出すな」と反撃。アトレティコのチームメイトであるルカス・エルナンデズも、「世界屈指のプレーヤーは絶対にジャッジしてはいけない」と援護射撃に参戦した。

 当の本人はと言えば、24日の人気番組「テレフット」で、「僕はパワーアップしていくし、みなが期待しているレベルもかなりすみやかに出てくると思う。EURO2016でも同じだった。僕がよくなったのは8強決定戦からだった」と宣言した。

 確かに2年前のEUROでもグリズーはスタートが悪く、デシャン監督は時折ベンチに置いた。とはいえ本人も自伝に書いているように、当時はチャンピオンズリーグ(CL)決勝でPKを外した直後で、しかも優勝を逃した失望を引きずっており、「グリエーズマンに不安」という「レキップ」紙の大見出しに猛然と怒った経緯がある。

 だが今回はヨーロッパリーグ(EL)を地元のリヨンで、それも自分の大活躍で華々しく制覇したばかり。疲労蓄積度は同じにしても、メンタル面は軽いはず・・・、だった。しかもデシャン監督は、4−4−2ダイヤモンドでも4−3−3でもグリズーが輝かなかったのを見て、ついにEURO時の4−2−3−1(ジルーの下にグリエーズマンを置く4−4―1−1に近い)を再導入。グリズーが攻撃リーダーであることを改めて強調した。

 だがそれでもうまく回ったとは言い難い。デンマーク戦直後にグリエーズマンは、「でかいプレパレーションをしたからちょっと足が重いけど(大会直前に猛烈なフィジカル強化練習があった)、でもよくなった感じがする。今夜は少しやりたいことができた」と語った。だが疑念は払拭されていない。「なんだかんだ言っても疑念は、2年前はこれほど重くなかった」(レキップ)。

 いったいグリズーに何が起きているのだろうか?

 単にフィジカルが重いのか。それとも神童エムバペの急台頭で自信が揺らいでいるのか。はたまたリーダーの重責に潰されているのか。移籍ビデオ劇で人々の不満を買ってしまった結果、気分がすぐれないのか。

 グリズーを発掘して育て、今も近しい間柄を保っている元アドバイザーのエリック・オラッツは、「ちょっとずつその全てだろう。一時的に自信を失っている感じ。でも電話がかかってこないから持ち直すと思う。電話がかかってくるときは落ち込んでいる証拠なんだ」と語っている。

 スペインではメッシ、ロナウドに次ぐビッグスターのグリエーズマン。30日にはベスト8をかけて、そのメッシと激突する。しかもW杯では40年ぶりとなるフランス・アルゼンチン激突である。もう四の五の言っている場合じゃない。

 ゴール効率の高いセカンドアタッカーであり、輝くパスセンスももつチャンスメーカーだが、けっして「司令塔」ではないグリエーズマン。そこが本人にとっても監督にとっても悩みの種だ。だがメッシも、世界一のストライカーでありながら、必死に司令塔をこなそうとしている。

 デシャン監督から大事な鍵を預けられた以上、その鍵を使って扉を開かねばならない。エムバペら意気のいい若者たちを引き連れて、真っ先に次の部屋に踏み込むのはグリズーなのだ。高速道路料金所前で、「ストップするか?家に帰りたいならそれでもいいんだぞ」と父に聞かれ、「ううん、パパ、きっとできるよ」と涙を拭いた日を、今こそ思い出すときである。

 30日、フランス代表はついに「醜悪」な仮面をとるだろうか。それとも…?(結城麻里=パリ通信員)

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