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【コラム】海外通信員

忘れ去られた時代の価値を持っている男 ダビデ・アストーリ

[ 2018年3月17日 08:00 ]

3月8日フィレンツェで行われたアストーリの葬儀
Photo By スポニチ

 イタリア・サルデーニャ島のカリアリに「クレモーゾ=ドルチ・エモッツィオーニ」というジェラート屋がある。素材の風味を重視した重すぎない甘さのジェラートが売り物で、牛乳やヨーグルトは地元の乳業者から仕入れたものを使用し、食品添加物やトランス脂肪酸の不使用もうたう健康派の店だ。オープンから4年半ばかりの比較的新しい店だが、小洒落た内装も相まって地元では人気店の一つとなる。特にヨーグルトベースのジェラートは評価が高かったという。

 4日の日曜日、通常なら午後3時からオープンするはずだったこの店のシャッターが開かなかった。軒先には、こんな張り紙が出されていた。「当店は、代表者であるダビデ・アストーリの突然で早すぎる逝去によりまして、葬送が済むまでのあいだ休業とさせていただきます」。そう、4日未明に心筋梗塞で死去したフィオレンティーナDFダビデ・アストーリ選手のことだ。彼は2008年から6年間カリアリに所属し、この街に根付いていた。ジェラート屋を開こうと思った当時は26歳。インテリアデザインにも造詣が深く、ジェラート屋の内装にも自分から積極的に意見を出したのだという。

 「カリアリという街には養子にしてもらったようなもの」。以前カリアリでプレイしていた時に、アストーリ選手はこのような発言を地元メディアに残していた。彼は選手たちを、クラブを、そしてファンを大事にすることのできる人であり、目立たずともそのために力を尽くすことのできる人だった。

 出身は北伊ロンバルディア州ベルガモ近郊。そこからミランの下部組織と提携している地元クラブでサッカーを学び、やがてミランに呼ばれてプロになった。経験を積むため2年間、3部のクラブを渡り歩いた末に、ミランとの共同保有という契約形態でカリアリに移籍したのが2008年のこと。最初はセンターバックとしてディエゴ・ロペス(現同クラブ監督)や、当時は将来を嘱望されていたミケーレ・カニーニ(現クレモネーゼ)らの控えだったが、出場した10試合で上々のパフォーマンスを見せ、翌シーズンからは完全な主力となった。空中戦に強いだけでなく、アレッサンドロ・ネスタを手本とし頭脳的なカバーリングも見せ、左足のキックも正確。当時、同チームを指導していたのはあのマッシミリアーノ・アッレグリ監督。「アストーリが注目を受けない?だったら喜んで隠しておこう。あれは最強のDFの一人だ」という賛辞まで当時残している。カリアリはミランとの共同保有を3年間続けたのちに、アストーリ選手を自クラブの完全保有とした。

 そこから移籍の噂はもちろん出てきたが、アストーリ選手は他のクラブへステップアップするという野心を表立って示さなかった。「謙虚で献身的な男。あまりベラベラと喋る方ではないが、口を開けば言うことは重い」とチームメイトたちは口を揃えて彼を評価した。残念ながらクラブは経営危機に瀕し、経営陣変更ののちアストーリ選手の放出を余儀なくされることになる。ローマでの一年を経て、2015年夏からフィオレンティーナへ。強豪ではあるものの、数年過ごした後で移籍を選ぶ選手も多いクラブだったが「ここがステップアップのための”踏み台”だとは思っていない。むしろキャリアの最高点だった」と彼は発言した。そしてチームではその通り努力を続け、皆に慕われたのちに今季からキャプテンに推挙されていた。フィレンツェでは歴史的中心街に居を構え、ここでもジェラート屋の出店計画を練っていたという。

 街の生活の中に溶け込んでサポーターとも距離を置かず、ピッチでは努力を惜しまなかったアストーリ選手。その突然の死にフィレンツェの街は悲しんだが、カリアリも同様だった。クラブはフィオレンティーナとともに13番を永久欠番とし(今季この番号をつけていたDFフィリッポ・ロマーニャも自発的に変更を申し出た)、フィオレンティーナvsベネベント戦、ならびにカリアリvsラツィオ戦では、それぞれの試合でエスコートキッズがフィオレンティーナとカリアリのユニフォームを着て登場していた。そしてカリアリのファンは、ラツィオ戦の開始13分の時に拍手を送る。その1日後には、親交のあった関係者が中心となってカリアリ市内で追悼ミサを行い、集った多くの人々が涙した。

 ファンが求めているのは街に愛着を感じ、そのために頑張ることのできるプレイヤーだ。移籍市場が良くも悪くも活況する中、このスタンスを貫いていたアストーリ選手を「忘れ去られた時代の価値を持っている男」と評する声もあった。カリアリはサルデーニャ・アレーナのミュージアムエリアに選手が使用していたユニフォームとスパイクを展示しているが、その後ろにはこうメッセージを掲げている。「(ユニフォームに)敬意を示せ」。生前、彼がそうしたように。(神尾光臣=イタリア通信員)

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