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【コラム】海外通信員

サッカー大国ならではの重圧と恐怖

[ 2017年10月14日 22:00 ]

W杯出場を決めて喜ぶアルゼンチン代表FWメッシ(左)
Photo By AP

 予選最終節のエクアドル戦で、アルゼンチンはリオネル・メッシの大活躍から晴れてW杯に出場できることとなった。

 予選通過のために絶対負けられない試合で、キックオフのわずか40秒後にエクアドルに先制点を許すという最悪のスタートとなったが、ホルヘ・サンパオリ監督率いるアルゼンチン代表の選手たちはそんな状況にも決して冷静さを失うことなく、「常にメッシを囲んで一緒に攻める」という監督の指示を意識して動いた。アルゼンチン人選手が苦手とする海抜2856メートルという高地キトでの試合でメッシが3得点も決めたのは、4ヶ月前、予選終盤にチームを任されることになったサンパオリ監督のアイデアが徐々に形となって現れ始めた結果だった。

 もちろん、現時点でのゲーム内容は監督の理想からは程遠い。だが、選手たちが恐ろしいほどの重圧を背負っていた事実を考慮した場合、W杯出場を決めた逆転勝利がどれほど価値あるものであったかがわかる。心理的、もしくは脳科学的要素が多大な影響を及ぼす状況下では、熟考された戦術が役に立たなくても不思議ではない。

 今回、アルゼンチンサッカー協会のクラウディオ・タピア会長の計らいで、ホームでのペルー戦を含む予選最後の2試合に86年W杯優勝メンバーの一部が招待されてキトにも帯同していたが、そのうちの1人だったオスカル・ルジェリは、自身がゲスト出演しているサッカー専門番組で次のように話していた。エクアドル戦の翌日、代表チームと一緒にチャーター機で帰国し、そのままTV局に直行したルジェリは、まだ興奮冷めやらぬといった状態だった。

 「私はキト滞在中、そして帰りのチャーター機の中で、協会役員やチームのスタッフ、そして選手たちと話をする機会に恵まれたのだが、彼らは皆、この試合で負けて予選を通過できなかった場合、何が彼らを待ち受けているのかということをよくわかっていた。代表チームは国の誇りだ。彼らはアルゼンチンという国家を代表して、48年ぶりの予選敗退という屈辱を何が何でも避けなければならないことを知っていたのだ」。

 現役時代にアルゼンチン代表のDFとして97試合に出場し、2度のW杯に参加(86年大会優勝、90年大会準優勝)、コパ・アメリカ3連覇(89年、91年、93年大会)、コンフェデレーションズ杯の前身となったキング・ファハド杯優勝(92年)と輝かしいキャリアを誇るルジェリだが、94年W杯予選ではアルゼンチンサッカー界における最大の悪夢を体験している。最終日にホームでコロンビアに0−5と大敗したあの試合だ。

 この敗戦のせいでアルゼンチンはオーストラリアと大陸間プレーオフを戦わなければならなくなった。ディエゴ・マラドーナが代表に復帰し、対戦相手も格下(のはず)のオーストラリアということで勝算は十分あると考えられていたが、結果はアウェーでの第1戦が1−1、ホームでの第2戦も1−0という辛勝。当時を振り返り、ルジェリはこう語っている。

 「ピッチに向う通路で、頭から足先まで恐怖を感じたよ。W杯の決勝はひとつのゲームとして楽しめるが、出場権のかかった試合はまるで拷問だ」。

 たかがサッカーの世界大会に参加できるかできないかというだけで、そこまで恐怖を感じるものなのかと思う人がいるかもしれない。だが、アルゼンチンではそれが現実なのだ。サッカー大国ならではの重圧が存在することは、2014年に行なわれたW杯決勝トーナメント第1戦で、開催国ブラジルがPK戦の末にチリに勝ったあと、GKのジュリオ・セザールが恐怖に慄くような表情で泣いていた姿を思い出してもわかるだろう。

 今回エクアドルに勝ってW杯出場を決めたあとも、エンソ・ペレスやルーカス・ビグリアが人目もはばからず泣いていた。ルジェリによると、ビグリアは控え室に戻ったあとも子どものように泣きじゃくっていたそうだ。

 「ビグリアの泣きっぷりといったら、それはそれは可哀相だったね。よほどの恐怖を感じていたのだろう。でもW杯出場がかかった試合というのは、そういうものなんだよ」。

 母国をロシアに導き、アルゼンチン国民から「神になった」と称えられたメッシは涙さえ流していなかったものの、試合後のミックスゾーンでメディアの取材に応じた際、「W杯に出られないかもしれないという恐怖があった」と話していた。メッシが「miedo」(恐怖)という言葉を何度か口にしていたことについて、ルジェリも「当然だろう、本当に恐怖を感じるものなのだから」と頷いた。

 重圧と恐怖を乗り越え、アルゼンチン代表はロシア行きの切符を手にした。サンパオリも今、ようやくその重荷から解放され、代表監督という任務を楽しめると感じているに違いない。(藤坂ガルシア千鶴=ブエノスアイレス通信員)

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