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“川崎F一筋”憲剛、今季限りで引退「求められる選手のまま」40歳誕生日弾から一夜の電撃発表

[ 2020年11月2日 05:30 ]

今季限りでの現役引退を表明し、小林(左)から花束を受け取る川崎Fの中村(川崎フロンターレ提供)
Photo By 提供写真

 川崎Fの元日本代表MF中村憲剛(40)が1日、今シーズン限りで引退することを電撃発表した。周囲から強い引き留めもあった中、「求められる選手のまま引退したい」と惜しまれつつも18年間の輝かしいキャリアに終止符を打つことを決断。引退後は未定としながらも、サッカー界へのさらなる貢献と「憲剛2世」の育成にも意欲を見せる。あと一歩まで迫った2年ぶり3度目のリーグ優勝へ、残りのシーズンで全力を尽くすことも誓った。

 1ミリも揺らぐことはなかった。クラブの公式YouTubeチャンネルで生配信された引退会見。スーツに身を包んだ中村は、緊張した面持ちながらも「いつかはこの日が来ると思っていた。ホッとしている」と第一声。決断時期については「35の誕生日に妻に40まで」と伝えていたようで、周囲の強い引き留めにも「みんなには今でも撤回しろと言われていますけど、3日、4日で決めたことでもない。それだけ自分の中で重い選択」と強調した。

 フロンターレの歴史そのものが中村の歩みだった。03年に練習生から入団。チームは当時J2。等々力のスタンドもまばらだった。各年代の代表歴さえなかった中村。体格も決して恵まれていたわけではない。それでも「最初の数年は特に強かった」という“雑草魂”で鋭い戦術眼と卓越した技術を生かして徐々に頭角を現すと、チームも歩調を合わせるかのように強豪へ成長。16年に最年長MVPを獲得すると、17年には苦しい時期を乗り越え「一番の思い出」という悲願のリーグ初制覇。それだけに川崎F一筋のバンディエラ(旗頭)は「フロンターレが勝つためにフロンターレが大きくなるために、全てをささげてきた18年」と胸を張った。

 1年前の昨年11月2日に左足前十字じん帯を損傷。リハビリ真っただ中の今季序盤は、新型コロナという見えない敵との闘いも強いられた。だがすでに引退を決めていた中「ケガを克服してJ1のトップでパフォーマンスを見せる、プレーする姿を見せながらやめることが最大の目標だった」と決して諦めなかった。その強い姿勢が10カ月ぶりの復帰となった8月29日の清水戦での復帰弾、前日のバースデー弾という筋書きのないドラマを生んだ。

 「挙げたらきりがない」と思い出がいっぱい詰まった18年。「残り2カ月。一日も無駄にしたくない。タイトルを獲りたいという気持ちは今までで一番強い」と中村。背番号14は支えられてきた妻をはじめ、周囲への感謝の気持ちを持って3度目のリーグ優勝、さらには天皇杯初制覇で輝かしいキャリアに花を添えるつもりだ。

 ◆中村 憲剛(なかむら・けんご)1980年(昭55)10月31日生まれ、東京都小平市出身の40歳。03年に中大からテスト入団で川崎F入り。06年から5年連続ベスト11に選出され、16年には史上最年長でMVPに選出された。17年にリーグ制覇で初タイトルを獲得し、18年に連覇。昨年はルヴァン杯を初制覇。日本代表は06年にオシムジャパンで初選出され、10年W杯南アフリカ大会に出場。国際Aマッチは68試合6得点。1メートル75、66キロ。利き足は右。家族は妻と1男2女。

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