C大阪DF片山 大学まで「無名」から「欠かせぬ存在」に

[ 2020年9月22日 05:30 ]

C大阪のDF片山瑛一(Jリーグフォト提供)
Photo By 提供写真

 C大阪の連載「サクラ咲ケ」の第8回は、複数のポジションをハイレベルでこなすDF片山瑛一(28)。かつては体育の教師を志し、大学までは無名だったものの、今では優勝争いを繰り広げるチームに欠かせない存在となった。過去、現在、そして未来を語った。

 19日の鹿島戦(●1―2)は悔しい、久々の負けでした。何が足りなかったのかというよりも、もう一度、球際やセカンドボールを拾う意識をしっかりやっていかないといけないな、と。すぐに試合が来るので、今後に教訓を生かして戦っていきたいです。
 個人的には昨年に比べて出場時間が増えていて、やるべき仕事を果たした上で、自分らしさも今年は出せるようになってきた。それでも、まだまだ。11月に29歳になりますけど、年齢は関係なく、伸びしろもたくさんあると思っているので。

 昔からJリーガーになりたかった訳じゃなく、元々は体育の教師を目指していました。両親が体育の教師をしていた影響は大きく、身近にある職業がそれしかなかったので。父親は今も現役で、勤務先が僕の母校の高校。自分が7年前に教育実習に行った時もいました(笑い)。

 体育の教員免許を取ることができる大学を受験し、早稲田大の一般入試に合格することができて、ア式蹴球部に入部しました。高校までは部活でサッカーをやっていたけど、周りのレベルが一気に上がり、サッカーに関する考え方の差は大きすぎました。1年の時はついていくのに必死で、正直、試合に出て活躍しようと考えられる状況ではなく。自分にベクトルを向けて、自分の成長を考えることしかできなかった。

 それが、3年になってトップチームの試合にも出られるようになってきて。その時が、自分の目標が教師からプロサッカー選手へ切り替わった瞬間です。4年の大事な時期を半年近くケガで棒に振りながら、岡山が11月末に声をかけてくれ、本当にギリギリでプロになることができた。

 昔からすれば、今のような姿は全く想像できません。でも、もっと自分はできると思っているし、これからも自分を信じてやっていきたい。チームとしてもまだまだ優勝が狙える位置にいるので、1試合1試合、一丸となって戦っていきます。(C大阪DF)


 ◆片山 瑛一(かたやま・えいいち) 1991年(平3)11月30日生まれ、埼玉県出身の28歳。川越西中から進学校の県立川越高に進み、一般入試を経て早大へ。14年に岡山へ加入し、18年にC大阪へ完全移籍。1メートル80、77キロ。利き足は右で、持ち味のひとつがロングスロー。今年8月に第1子となる女児が誕生。

続きを表示

「サッカーコラム」特集記事

「メッシ」特集記事

2020年9月22日のニュース