西野監督 腹くくった長谷部との“トップ会談”、チーム一つにしたハリル氏と真逆の手法

[ 2018年7月4日 09:30 ]

検証 西野ジャパン功罪(1)

<ベルギー・日本>試合終了後、長谷部(中)らイレブンの労をねぎらう西野監督(撮影・西海 健太郎)
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 W杯ロシア大会に出場した日本代表の冒険は16強で幕を閉じた。史上初の8強入りは逃したが、開幕約2カ月前の監督交代劇を乗り越えての1次リーグ突破は価値がある。実質的な準備期間は5月21日にスタートした国内合宿からの1カ月弱。サムライブルーの舞台裏で何が起きていたのか、スポニチでは「西野ジャパン功罪」として連載で検証する。

 6月上旬、事前合宿地オーストリア・ゼーフェルト。0―2で敗れた6月8日の親善試合スイス戦を受け、ホテルの一室で長谷部主将が西野監督と向き合っていた。「最後のところは監督がしっかり方向性を決めてください。そうじゃないとまとまりません」。この言葉が分岐点となった。

 5月21日の国内合宿開始後、指揮官は選手の意見を吸い上げる提案型ミーティングを重ね、話し合いの行方を見守ることに専念。だが、選手がおのおのの考え方を述べるだけで最終的な方向性が定まらない。スイス戦も前線からプレスに行きたい攻撃陣とスペースを与えたくない守備陣の意思統一を図れずにチグハグ。見かねた主将が指揮官に“決断”を迫る事態となった。

 G大阪で数々のタイトルを獲得した西野監督だが、11年に退任後は低迷した。12年に率いた神戸はわずか半年で解任。14、15年に監督を務めた名古屋では衝撃的なシーンがあった。磐田との練習試合。ピッチでイライラを爆発させた闘莉王から「おっさん」呼ばわりされた。明らかに聞こえていたが、見て見ぬふり。選手の暴走を許す姿に一部Jリーグ関係者から「もう過去の人」との声も出た。

 ハリルホジッチ前監督の解任の責任を負うべき立場の技術委員長から就任したことで、当初、選手からも懐疑的な目で見られていた。初陣となった5月30日のガーナ戦前のミーティングで「ガーナ戦」と言うべきところを「ガンバ戦」と言い間違え、失笑を買う最悪のスタート。なじみのない3バックを採用し、0―2で完敗したことも逆風となった。

 約2年半ぶりの現場復帰はガーナ、スイスに連敗発進。危機的状況に陥ったが、スイス戦後の“トップ会談”が状況を好転させた。長谷部の指摘を受け、西野監督はW杯前最後の親善試合となる6月12日のパラグアイ戦前のミーティングで選手の意見を集約した上で、具体的な戦術を指示。4―2と結果が出たことで、選手が忌憚(きたん)ない意見を出し、最後は監督が決断するミーティングスタイルが確立した。吉田は「ハリルさんの時と比べると対話があるのが西野監督のポイント」と証言。一方的に戦術を押しつけたハリルホジッチ前監督と真逆の手法がはまり、チームは一つになった。(特別取材班)

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