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清武のセレッソ復帰が実現した理由 決め手は「お金じゃない」

[ 2017年3月2日 13:00 ]

清武弘嗣
Photo By スポニチ

 25年目のJリーグが始まった。開幕前、最も大きなサプライズとなったのが、スペイン1部セビリアに所属していた日本代表MF清武弘嗣(27)のC大阪復帰だった。交渉の事実が世間の明るみに出てから、成立するまでわずか3日間。その裏側で一体、何が起きていたのか。C大阪の大熊清チーム統括部長(52)は、水面下で1カ月近く交渉を続けてきた。

 16年にJ1昇格を決め、年が変わってから数日後。「清武が日本への復帰を検討している」という情報が代理人サイドから入ってきた。クラブ上層部などと協議を重ね、1月13日に「興味がある」という獲得の意向を打診。書類のやりとりをするようになり、交渉は本格化していった。

 その状況でも「ほぼ、あきらめかけていた」と大熊氏はいう。「お金の面で開きはあったし、ドイツやアメリカからもオファーがあって、そっちの方が移籍金は大きかった。セビリア側も、額を下げる様子はなかった」。1月25日から始まったタイキャンプ中もメールなどで交渉を続けていたものの、折り合う気配は全くなかった。

 動き出したのは、欧州の移籍期限最終日の前日にあたる同30日。セビリア側から「出さなくてもいい選手なのに、我々は移籍のためにこれだけ努力している。だから、あなたたちも努力してほしい」といった連絡が来た。相手側に焦りを感じた大熊氏は、わざと返答に時間をかけるなど駆け引きをしながら、交渉を継続。C大阪で英語通訳を務めるマーティン・ウィリアムズ氏を介して、最後は直接の交渉となり、翌31日、現地時間の午前中に合意に達した。

 興味深いのが、大熊氏が移籍交渉をしていたのは、セビリアの強化を担うモンチSD(スポーツディレクター)ではなく、同クラブに常駐して個室もあるという専属弁護士だったということ。「SDの方とは一回も話していない。弁護士の方は、その右腕のような存在。サッカー専門で百戦錬磨。その辺りも、欧州と日本のスタンダードの違いを感じた」という。

 「ただ…」と大熊氏は最後に付け加えた。「お金の面がクローズアップされがちだけど、キヨが“セレッソに戻りたい”と思わなかったら、一切何もなかった話。これまでセレッソに携わった人たちのおかげでキヨはそう思っただろうし、その意味では、セレッソがサッカークラブとしてコツコツと積み上げてきた結果だと思う。結局は、お金じゃないんです」と。(記者コラム・西海 康平)

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2017年3月2日のニュース