手倉森監督 韓国倒しアジア王者で五輪へ「借り返したい」

[ 2016年1月28日 05:30 ]

リオ五輪出場を決めた写真を手に笑顔を見せるU―23日本代表の手倉森監督

 U―23日本代表が30日に行われるリオデジャネイロ五輪アジア最終予選を兼ねたU―23アジア選手権決勝で韓国と対戦することが決まった。五輪出場権獲得から一夜明けた27日、日本を率いる手倉森誠監督(48)は宿敵相手の決勝で快進撃を締めくくり、アジア王者としてリオに乗り込む決意を示した。

 五輪出場を決めた手倉森監督は一夜明けの27日に取材対応。決勝・韓国戦へ視線を向けた。「最後は韓国になると大会前に話していた。仁川(インチョン)での借りを返したい。勝ってアジアNo・1になる。この上ないシチュエーションになった。ロンドン五輪では3位決定戦で敗れた。その悔しさも晴らしたい」と訴えた。韓国には14年の仁川アジア大会準々決勝で敗れた。ロンドン五輪では韓国選手が竹島(韓国名・独島)領有を主張するメッセージを掲げて騒動に発展。96年アトランタ五輪アジア最終予選でも決勝で韓国に敗れた。日本にとっては負けられない相手だ。

 戦い方は変わらない。今予選はレギュラーをつくらずに毎試合先発を入れ替えた。5戦を戦い、9人で12得点。日替わりヒーローが生まれた。合宿中は宿舎の自室に選手を呼んで面談。「主将、副主将、海外組…。ほぼ全員かな」。食事中もミーティングで話す内容をメモするなどしたこだわりの言葉で、サブに回る選手も納得させた。ハーフタイムは通常サブの選手は練習を行うが、全員をロッカーに集めた。得点者はベンチに走り、全員で喜ぶことを決めた。

 イラクを破ってチームを五輪に導いた指揮官は奔放な選手時代を送った。青森・五戸高から86年に住友金属(鹿島の前身)入りしたが、二日酔いで練習に参加することもあった。パチンコ屋にも入り浸った。「ジーコが見回りに来るから隠れていた」と明かす問題児だった。92年に鹿島を戦力外。思い立ったのが居酒屋経営だった。資金を増やすため中山競馬場に行った。しかし、2日間で全財産約600万円を使い果たし、死をも覚悟した。その時、母・朝子さんに10万円を借りた。「でもそれは(双子の)弟の浩が親に仕送りしたものだった」。情けなさが募ったが、NEC山形(J2山形の前身)に拾われ、そこからはサッカーに身をささげてきた。

 五輪を目指すチームの監督に就任した際に協会から「ダジャレはやめてください」と指示された。しかし、イラク戦後の会見でも「自分の言葉は“まことだま”(誠の言霊)」と話すなど場を和らげるスタイルを曲げず、前評判が低かった谷間の世代を予選突破に導いた。あとは「アジアNo・1でリオ五輪出場」という目標を果たすだけだ。

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