伝説のシュートで人生変わった…小松さん 指導者で高校サッカー界復帰

[ 2016年1月11日 09:30 ]

 高校サッカー史上に残る伝説のひとつに第59回全国高校選手権で西目農(現西目高=秋田)の小松晃が決めた50メートルのロングシュートがある。81年1月4日、場所は駒沢、1回戦北陽(大阪)戦の後半23分、1―1に追いつかれた直後のキックオフ、味方が動かしたボールを小松がセンターサークル内からシュートし、GKの頭上を越えてゴールに突き刺した。これが決勝点となって2―1で勝利、当時のスポニチの紙面を見ると「北陽のGKが同点で浮かれていたから、狙ってみました」と冷静なコメントが載っていた。

 このシュートが評価されて高校生ながら一気に日本代表にも選ばれた。ユース代表のエースで釜本2世といわれ、前年のアジアユースで8得点を挙げた実績もあったが、やはり高校選手権でのミラクルシュートのインパクトは大きかった。

 その小松さんが高校サッカーの舞台に帰ってきた。昨年度から明徳義塾(高知)を率いていきなり高校選手権出場。初戦で水橋(富山)に1―2で敗退したが、2年連続出場となった今大会は初戦(2回戦)で正智深谷(埼玉)を1―0、3回戦で各務原(岐阜)を3―0で下した。駒沢で行われた準々決勝で星稜(石川)に0―3で敗れたが、高知県勢としては29大会ぶりのベスト8進出だった。

 星稜戦は退場者を出してリードされる苦しい展開だったが、小松さんは「前向きに戦っていたし、120%出せたと思う」と、振り返る。そして、人生を変えた伝説の舞台となった駒沢で監督として采配を振るったことについては特別な思いを寄せた。

 「2つ勝てば駒沢だったから、サッカーの神様がここまで来いと言ってくれたんでしょう。監督として、ここで戦えてお年玉をもらえた。駒沢は35年前より、ずいぶんきれいになった。私の時は芝がはげていたし」

 小松さんは高校卒業後、ヤンマー(C大阪の前身)入りした。だが、日本リーグでは目立った活躍はなく、京都紫光クラブを経て現役を引退。指導者になり、京都や神戸の下部組織のコーチを務めた。そして13年春、J1神戸の社長などを務め現在は明徳義塾のアドバイザーを務めている安達貞至氏の誘いで同校の指導者になった。ヤンマー時代の先輩だった。最初は中学の監督を務め、昨年度から高校の監督に。昨夏の高校総体でもベスト16に入るなど、全国レベルで着実に成果を出している。

 自身の人生は高校選手権のロングシュート1本で大きく変わった。「高校生にとって、高校選手権は野球の甲子園と一緒で目指すべきもの。ドラマがあるし、悔しい思いをして次のステージにつながる」。小松さんの思いは明徳義塾の選手に着実に伝わっている。(大西 純一)

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