劇的フィナーレ!!澤 ドラマみたいな有言実行“日本一弾”

[ 2015年12月28日 05:30 ]

<新潟・INAC神戸>後半33分、ゴールを決める喜ぶ澤(中央)

 万感ゴールで澤が舞った。27日に行われた皇后杯決勝・新潟戦で現役最終戦に臨んだMF澤穂希(37)は後半33分にセットプレーから決勝ゴール。大会史上最多の2万379人の前で格好良すぎる有終V弾を決めたレジェンドは、1―0でINAC神戸に今季初タイトルをもたらし、惜しまれながらピッチを去った。

【皇后杯結果】

 こんなエンディングを誰が想像しただろう。現役最後の試合でゴールを決め、自ら掲げた皇后杯。澤穂希にしか描けないストーリーを主役は90分間、堂々と演じきった。

 「大好きなサッカーをやり続け、結果も残せた。最高のサッカー人生を送れた」

 スコアレスで迎えた後半33分、川澄の右CK。“におい”をかぎ取ると、一瞬でディフェンスを抜き去りゴール中央へ。頭を合わせた次の瞬間、ゴールネットが揺れ、大会史上最多の2万人の観衆が沸いた。

 「自分でも来ると信じて、見たらゴールに入っていた。無心だった。ずっと狙っていたゴールを最後に決められた。より一層、悔いがないと思えた」

 後半になって運動量は落ちた。パスミスもした。でもここぞの場面で仕 事をする。なぜ決められるのかと問われても答えられない、澤らしいゴール。25年で幕を閉じる現役生活を主要大会では30度目の優勝で締めくくった。

 長いサッカー人生、スポットライトを浴びたのは一瞬だ。プロ契約を打ち切られたこともあればケガや病でボールを蹴られなかった時もある。そんな時いつもこう言い聞かせてきた。「このピンチをどう生かそう。逆境の後は必ずいいことがあるはず」と。

 20歳で米国に行ったのも賛否両論ありながらINAC神戸に移籍したのもプロ契約解除のピンチがあったから。結果、若いうちに世界を知り社交的にもなれた。太陽が出ている時に練習ができる環境を手に入れ、W杯制覇につなげた。

 04年アテネ五輪最終予選もそうだった。準決勝北朝鮮戦直前に右膝の半月板を損傷。頭をよぎったのは企業チームが次々と撤退し、シドニー五輪出場も逃した4年前の悪夢。同じ失敗はできないと全治2カ月の右膝に痛み止めを打ち、五輪出場を決めた。「足がどんなことになろうと勝ちたかった」。愛称「なでしこジャパン」が誕生したのはその3カ月後だった。

 普段はお酒をたしなむし特別ストイックではない。「私はスピードもないし、器用でもない」とも言う。だが、夏場は100グラム単位で体重管理をし、水分補給にも気を配る。練習は100%の力を注ぎ込む。日々の小さな積み重ねがレジェンドの領域へと誘っていた。

 「まずは心と体をゆっくり休ませてから次の道を考えたい」。仙台でちょっぴり遅れた新婚生活をスタートさせることは決めているが、その後は未定。走り続けた足を止めても誰も何も言いはしない。だって、澤穂希は十分、その役割を果たしたのだから。

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