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引退決断の澤、最後の戦いへ「ひたむきなプレーを見せられたら」

[ 2015年12月17日 18:26 ]

引退会見中に笑顔を見せる澤

澤穂希 現役引退会見

(12月17日 都内)
 【澤に聞く】

 ――まずは澤選手自身の言葉で伝えてほしい

 このたび私、澤穂希は今季をもちまして現役を引退することを決断しました。引退の一番の理由は心と体が一致してトップレベルで戦うことがだんだん難しくなってきたと感じたからです。人生の最大の大きな決断となりましたが、悔いのない、やり切った、本当に最高のサッカー人生でした。残り皇后杯、最大で3試合残っています。今までたくさんの方々に応援していただいた皆さんに、感謝の気持ちを込めて精一杯プレーし、サッカー選手・澤穂希として、最後、生き様を見せたいと思います。今まで応援してくれたすべての皆さんに感謝したいと思います。皆さん、本当に長い間ありがとうございました。

 ――今の気持ちは

 本当に長い間、サッカーを続けてきて、たくさんのことを経験して、本当に悔いのない、本当にやり切ったなと思えた、本当に最高のサッカー人生だったという心境でいます。

 ――引退を決めた時期は

 去年から、今年現役を続けるか自問自答を何度も繰り返してきました。その中で主人にも背中を押してもらって、サポートしてもらって、この1年、本当に頑張れたと思う。W杯を終えた瞬間に、みんなとやり切ったなと思った瞬間があって、その時ぐらいから少しずつ、今年いっぱいかな、という気持ちでここまできました。

 ――W杯を終えた後?終える前から感じていたものがあった?

 去年1年、代表から外れた時にいろいろなことを考えて、やっぱり体も心も一致してなかなかトップレベルにするには難しいのかなと自分自身思っていたので、今年1年かなという思いでした。

 ――まだできるという声もあるが、心と体の不一致とは?

 2011年のW杯の時とかと比べると、体も疲れが取れなかったり、気持ちの面でなかなか目標とかに向かっていくのも難しい面もあった。

 ――結婚と引退は関係あるのか

 まったくそれはないです。結婚していようがいまいが、この決断には変わりなかったと思います。むしろ主人が支えてくれたので、この1年頑張れたと思う。

 ――皇后杯が残るタイミングで発表したのは?

 皇后杯を終わってから皆に伝えるのは、終わって皆に、じゃあバイバイっていうのは寂しすぎるので、皇后杯が始まる前に、動揺させてしまう部分もありましたが、皆と共通意識、共有意識をもってやりたかったので、そして最後、このメンバーで皇后杯優勝するために、一つになるためにも、このタイミングで発表させてもらった。

 ――(皇后杯)最大3試合、どういうプレーを

 一試合一試合、本当に今持っているすべての力を出し切って、長い間応援してくれた、支えてくれた全ての人に感謝の気持ちを込めて、澤穂希らしい、泥臭いプレーだったりとか、最後まであきらめない、ひたむきなプレーを見せられたらいいと思う。

 ――ゴールが見たいが

 意識しすぎるとなかなかうまくゴールはできないので、まずはチームの勝利に貢献できるように、その中で得点ができればうれしいです。

 ――引退後のプラン、青写真は

 皇后杯が終わったら、ちょっとだけ体と心を休ませてから、今後はサッカーはもちろん、日本のスポーツ界、世界でも活躍できるような、澤穂希にしかできない仕事をやっていけたらいいなと思う。そして子どもが大好きなので、今後、サッカーの底辺を広げるためにも、普及とか、子どもたちに夢を与えられるような仕事ができれば。
 
 ――将来的には指導者とか

 現役中は、指導者はないなって思っている部分はありましたが、今後は、引退してから、もしかしたら指導者をやりたいという気持ちになるかもしれないので、その時の気持ちを大事にしたいと思います。

 ――協会の重要ポストの候補にも名前が挙がっていると言われるが

 直接お話しを頂いていないので、いろいろ今後、何か自分にできることがあるのであれば考えていけたらいいと思う。

 ――リオ五輪への関わり方で考えているところは

 今の時点ではちょっと分からないです。何か自分ができることがあれば協力してやっていけたらいいと思う。

 ◆澤 穂希(さわ・ほまれ)1978年(昭53)9月6日生まれ、東京都府中市出身の37歳。1メートル65、54キロ。血液型AB。1歳年上の兄の影響で小2から地元クラブでサッカーを始め、12歳の91年に読売ベレーザ(現日テレ)入り。15歳で代表デビューを果たした。以降、6度のW杯と4度の五輪に出場し、女子日本代表ではいずれも史上最多となる205試合、83得点をマーク。11年W杯ドイツ大会では主将として初優勝に貢献、得点王とMVPにも輝いた。12年には国際サッカー連盟(FIFA)女子最優秀選手にアジア勢で初めて選ばれた。プライベートでは今年の8月8日、J1仙台の強化・育成担当(現運営・広報部長)の辻上裕章氏(39)と結婚した。

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