G大阪 史上最大14差逆転2冠“ピッチ上監督”遠藤が導いた

[ 2014年12月7日 05:30 ]

<徳島・G大阪>サポーターとともに喜びを分かち合う遠藤(中央)らG大阪イレブン

J1最終節 G大阪0―0徳島

(12月6日 鳴門大塚)
 苦難を乗り越えてG大阪が頂点を極めた。最下位の徳島を攻め切れずに0―0で引き分けたが、勝ち点で並んでいた2位の浦和が名古屋に1―2で逆転負け。3位鹿島も鳥栖に0―1で敗れたため、9年ぶり2度目の優勝が決まった。一時は首位と勝ち点14差に開いたが、そこから巻き返して史上最大差の逆転優勝。主将のMF遠藤保仁(34)は誇らしげにシャーレを掲げた。昨季のJ2から復帰1年目での優勝で、ナビスコ杯に続く今季2つ目のタイトル。00年の鹿島以来、史上2チーム目の3冠を懸け、13日にJ2山形との天皇杯決勝(日産ス)に臨む。

 主将として初めて王者の証「シャーレ」を受け取った。出場選手で唯一、05年のタイトルを知る遠藤が「J2から上がってきて、最初の年にタイトルを獲れてうれしい」と充実感をにじませた。

 苦しい道のりだった今季を象徴するような展開だった。得失点差が開いていたため勝てばほぼ優勝だったが、引き分け以下なら勝ち点で並んでいた浦和、2差で追う鹿島の結果待ち。その状況で相手の堅守に苦しみスコアレスドローに終わった。試合終了から1分半後、浦和敗戦の報告が届くと両手を上げて喜びを爆発させた。「笛が鳴った瞬間に喜べれば一番良かったんですけど、優勝できたんで何でもいいです」と表情を和ませた。

 J2に降格した昨季、長谷川監督が就任して初めて主将に任命された。言葉で叱咤(しった)激励するタイプではない。それでも「任されている以上は期待に応えたい」と背中でキャプテンシーを示してきた。攻撃だけでなく、連動した守備のスイッチを入れるのも自らの役割。ピッチ上の“全権監督”として、他の10人を操り続けた。

 W杯による中断前は降格圏の16位。勝ち点差14からの史上最大の逆転劇の一因を担った。序盤は宇佐美離脱の影響や自身の負傷もあり、FWや2列目など前のポジションでの起用が多かったが中断後はボランチでプレーした。ダブルボランチを組む今野の復調もあり、攻守に抜群の存在感。指揮官も「理想的なコンビ。2人がハマったことが大きかった」と日本代表に復帰したベテランを反攻の最大要因に挙げた。

 エース宇佐美の完全復活やFWパトリックの加入、さらには1カ月の中断期間で戦術を再確認して細かなポジショニングを徹底的に浸透させたことなど、他にも巻き返しの理由はあった。だが、勝っても負けても淡々としている遠藤のメンタルこそが、激動の一年をハッピーエンドへと導いたと言っても過言ではない。多くの選手が「ヤットさん(遠藤)は苦しい時も落ち着いているし連勝していても浮つかない。ヤットさんがいるから気負わずいられる」と口をそろえる。“カリスマ主将”が背中で伝えてきた「不動心」がガンバの大きな強みだった。

 ▽ガンバ大阪 前身は1980年創部の松下電器産業サッカー部で、Jリーグには創設時から加盟。2005年にJ1を初制覇し、その後はナビスコ杯、アジア・チャンピオンズリーグを制し、天皇杯を連覇するなど強豪の地位を築いた。12年にJ1で17位に終わり、J2に降格したが1年で復帰。今季はナビスコ杯を制し、天皇杯も決勝進出を果たしている。GAMBAはイタリア語で「脚」を意味し、日本語の「頑張る」の響きにも通じる。本拠地は万博記念競技場。

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