イランFW バイオリニストの夢は悔しさを晴らした後で

[ 2014年6月23日 09:14 ]

イラン代表のFWゴーチャネジハド(左)

 メッシは13歳でバルセロナの入団テストに合格しなくても、スター選手になっていただろう。では、ヒーローになり損ねたイランFWゴーチャネジハドが21歳の時に練習早退を認められていなかったら?今頃はバイオリニストとして演奏会に出ていたかもしれない。

 8歳の時にオランダへ移住したゴーチャネジハドは、10歳でヘーレンフェーンのアカデミーに入団。俊足ストライカーとしてトップチームに昇格すると17歳でリーグデビューを果たし、年代別オランダ代表にもU―16から順次選ばれた。その後はレンタル移籍が続いたが、09年夏にクラブとの契約を突然解除。「サッカーと勉強の両立が難しくなってきたから」。当時はアムステルダム自由大学で法理学と政治学を学ぶ学生でもあった。

 数週間後。レンタル移籍先だった2部ゴーアヘッドの幹部で元オランダ代表FWのオフェルマルス氏と会い、移籍を勧められた。「大学の講義に出たいので、15分早く練習から上がらせてもらえるなら」。アマ選手としてプレーすることで希望は認められ、キャリアがつながった。10年に2部カンブールとプロ契約を結び、11年に移籍したシントトライデン(ベルギー)でのプレーを見たケイロス監督に誘われてイラン代表で戦うことを決意。W杯アジア最終予選では韓国戦2試合でいずれも決勝ゴールを決め、2大会ぶり本大会出場の原動力となった。

 特技はバイオリン。今でも毎日練習を欠かさず「35歳になってサッカーができなくなったら、プロのバイオリニストになりたい」と言う。だが、アルゼンチン戦では後半2度の決定機に決められず、試合終了と同時に大の字になった。悔しさを晴らすべく、今後はバイオリンを手にする時間が少し減るかもしれない。

 ◆レザ・ゴーチャネジハド 1987年9月20日、イラン・マシュハド生まれの26歳。8歳でオランダへ移住した。ヘーレンフェーンで06年4月にオランダリーグデビュー。2部カンブール時代の10年1月22日フェーンダム戦ではヨハン・クライフの同国プロリーグ最速記録に並ぶ開始9秒での得点をマークした。13年にSリエージュ、今年1月にイングランド2部チャールトンへ移籍。イラン代表通算16試合10得点。1メートル81、79キロ。

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