本田“ミランの10番”選んだ理由 最初は4か7を希望していた

[ 2013年12月24日 09:27 ]

アドリアーノ・ガリアーニACミラン副会長

 ACミランのアドリアーノ・ガリアーニ副会長(69)が独占インタビューに応じ、来年1月から加入する日本代表MF本田圭佑(27)について激白。スポニチ本紙だけに本田が背番号10を選んだ経緯などを語った。

 ――本田はミラン史上初の日本人選手。獲得は商業面の意味合いも含む?

 「もちろん。この点については、すでに我々のところにシグナルが送られてきています。すでに複数の日本企業とスポンサーの交渉をしています。ミランブランドはすでに世界でも有名ですが、本田獲得に伴い日本で新たなミランブームが到来し、ユニホームもたくさん売れるだろうと私は確信しています」

 ――本田は過去にサビチェビッチ、ルイ・コスタ、シードルフら司令塔が背負ってきた10をつけることになりました。本田が10番を選んだ理由は?

 「本田は最初、(日本代表での)4番か(CSKAでもつけていた)7番を希望していました。でも現在、4番はムンタリ(ガーナ代表MF)、7番はロビーニョ(ブラジル代表FW)がつけています。だから、本田にボアテングが(シャルケに)移籍して10番が空いていることを知らせたら、喜んでその番号を受け入れたんです」

 ――本田のサポーターへのお披露目、入団会見の予定は?

 「まだ決まっていないです。我々は本田が労働ビザの手続きを完了させるのを待たなければいけません。とにかく、1月6日以降になると私は思っています。6日は休日で、チームもホームのサンシーロ(ジュゼッペ・メアッツァ)でアタランタと戦いますからね」

 ――入団会見の場所は?

 「これについても何がベストか案を練っているところです。日本の報道陣も大挙して訪れるでしょうから、それに合った場所にしないといけないでしょうね」

 ◆アドリアーノ・ガリアーニ 1944年7月30日、ロンバルディア州出身の69歳。選手としてプロ経験はないが、84年にモンツァ(当時セリエB)の副会長に就任。元イタリア首相のベルルスコーニ氏がオーナーとなった86年にACミラン副会長に抜てきされ、チームの黄金時代を築き上げた。現在は、イタリアサッカー協会の副会長も務める。

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