田嶋氏落選…FIFA理事から日本人消えた 

[ 2011年1月7日 06:00 ]

AFC総会のFIFA理事選で落選し、さえない表情を見せる日本協会の田嶋幸三副会長

 アジア・サッカー連盟(AFC)は6日、ドーハでの総会で役員選挙を行い、AFC選出の国際サッカー連盟(FIFA)理事に立候補した日本協会の田嶋幸三副会長(53)は落選した。現職で日本協会の小倉純二会長(72)は定年を迎えるため、約9年ぶりに日本人のFIFA理事が不在となる。FIFA副会長の鄭夢準(チョンモンジュン)氏(韓国)も落選し、東アジアのFIFA理事はいなくなった。

 任期4年のFIFA理事の改選枠は2で、1回目の投票で現職のマクディ氏(タイ)が24票、フェルナンドAFC副会長(スリランカ)は23票の過半数を得て当選し、張吉龍AFC副会長(中国)は18票で落選した。田嶋副会長は19票を獲得したが、当選となる過半数に4票及ばなかった。

 当初から旗色は悪かった。東アジア連盟内で田嶋副会長の候補一本化を狙った日本だが将来のW杯開催をにらみ発言力強化を狙う中国を抑え切れず張吉龍氏が出馬。結果は共倒れに終わった。

 日本は対立するハマムAFC会長(カタール)の息がかかった協会を避けロビー活動を展開。反ハマム陣営の票固めを狙ったが22年W杯招致に成功し、力を増したハマム会長の牙城を崩せなかった。

 日本からは97年に川淵三郎副会長(当時)、98年には小倉専務理事(当時)がFIFA理事選に立候補したが、落選。02年に小倉副会長(当時)が当選して33年ぶりに日本人が理事に就任した。だが、田嶋副会長の落選で9年ぶりに日本人理事が姿を消すことになる。

 今後はFIFA理事会の決定事項に日本の意思を反映できない上に理事しか知り得ない内部情報を入手することも困難となる。W杯などFIFA主催大会の日程や規定の把握でも後れを取ることになり、代表チーム強化の現場への影響も懸念される。日本協会は05年1月に発表した「JFA2005年宣言」で2050年までにW杯を開催し、その大会で優勝することを「約束」として掲げたが、その実現にも影響を与えることになる。

 小倉会長は「情報量もそうだし、FIFA理事会で日本の方向性を示せないのも痛い」と厳しい表情だった。AFC理事就任が決まった田嶋副会長は「残念な結果。まずはアジアの理事としてしっかりやっていく必要がある」と再出発を誓った。

 ≪韓国・鄭氏も副会長選敗れる≫役員選挙ではAFC選出のFIFA副会長の座も争われ、実力者として知られた現職の鄭夢準氏がフセイン氏(ヨルダン)に敗れた。25票を集めて5票差で鄭夢準氏を破ったフセイン氏はヨルダンの王子で35歳は現職のFIFA理事では最年少。22年W杯招致に成功したカタールに続いて中東勢の勢いを示し、アジアにおける日本など東アジア勢の影響力低下は避けられない。

続きを表示

「サッカーコラム」特集記事

「南野拓実」特集記事

2011年1月7日のニュース