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水谷 中国揺るがした!銀より20年へ希望の「大きな1勝」

[ 2016年8月19日 05:30 ]

許キンとの第2試合、5ゲーム、同点に追いつき吠える水谷。過去12戦全敗だった難敵から初勝利を挙げた

リオデジャネイロ五輪卓球男子団体決勝 日本1―3中国

(8月17日 リオ中央体育館)
 男子団体の決勝が行われ、日本は中国に1―3で敗れて銀メダルとなった。第1試合のシングルスで丹羽孝希(21=明大)が馬龍(バリュウ)に敗れた後、シングルスで水谷隼(27=ビーコン・ラボ)が世界ランキング3位の許キンに競り勝った。しかし、第3試合のダブルスで丹羽、吉村真晴(23=名古屋ダイハツ)組が負け、第4試合のシングルスで吉村が馬龍に屈した。それでも水谷は過去12戦全敗だった難敵から初勝利を挙げるなど、団体戦は6戦無敗。特に中国勢トップ3からの初勝利は東京五輪金メダル獲得への大きな自信となった。

 からっきし勝てなかった格上からやっと勝てた。チームは敗れたものの、水谷にとっては収穫大。銀メダルを首にかけながら誇らしげに成果を口にした。

 「メダルよりも大きな勝利かもしれない。この10年間一度も勝っていない。オリンピックという最高の舞台、しかも決勝戦で勝てたということはこれからを考えるとメダル以上の価値がある」

 元世界1位の許キンとは通算12戦全敗だった。そもそも、中国のトップ3選手に対してヘビににらまれたカエル同然だった。馬龍には12戦全敗で張継科(チョウケイカ)には6戦全敗。対中国だけを考えれば、許キンと馬龍から1勝ずつ挙げている丹羽の方がまだ期待値は高いと言われていた。

 “中国アレルギー”のレッテルを払しょくする勝利は、7―10とマッチポイントを握られてから。ここから5連続得点で大まくりした。3月のクウェートオープンでは、10―4からひっくり返されて逆転負け。その悔しさを晴らし「いろんな思いがこみ上げてきた」。今大会、中国から唯一のゲームを奪ったことは、20年東京へ向けても明るい材料だ。

 シングルス銅と団体銀を引っさげて帰路に就く。大会前の「メダルと中国選手を破る」という目標をかなえる過程で、ツイッターのフォロワー数は2万から倍増した。大反響は自身の活躍に加えて、類いまれな“言葉力”が拍車をかけている。名言が連日飛び出した。かつて自己啓発本を読みあさったことが、語いの豊富さにつながった。金を逃してもトークに切れ味があった。

 「もっと素晴らしいパフォーマンスを見せて日本を熱くさせようと。途中からはそのために頑張ってました。国民の皆さんの卓球のイメージが変わってくれれば。卓球ブームになってほしい」

 TOKYOで金、さらにその先も見つめて――。卓球界の哲学者は今日もしゃべりまくる。

 ◆水谷 隼(みずたに・じゅん)1989年(平元)6月9日、静岡県磐田市生まれの27歳。両親の影響で5歳から卓球を始める。8歳で全日本選手権バンビの部(小学2年以下)優勝。五輪は08年北京大会から3大会連続出場。今大会はシングルスで卓球個人種目初の銅メダル。全日本選手権は最多タイの8度優勝。世界ランク6位。1メートル72、63キロ。利き手は左。

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