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【メダリストは見た】山本博 必要なのは「獲って当然」の境地

[ 2016年8月15日 10:00 ]

<リオ五輪  トランポリン>惜しくも4位に終わった棟朝(左)と伊藤。応援団の声援に笑顔でこたえる

リオデジャネイロ五輪トランポリン

 トランポリン男子は棟朝(むねとも)銀河(22=慶応義塾)が4位、伊藤正樹(27=東栄住宅)が6位とダブル入賞を果たした。これで3大会連続で4位とメダルにあと一歩。84年ロサンゼルスで銅、04年アテネで銀メダルを獲得したアーチェリーの山本博(53=日体大教)が五輪表彰台への必要条件を考察した。

 4位入賞した棟朝選手、凄いなあ、と思いましたね。演技はもちろんですが、何より感心させられたのは演技開始前の笑顔。初めての五輪で決勝の舞台。笑顔で演技を始めることができるというのは、素晴らしいメンタルコントロールの証明です。彼は慶大を休学して五輪に懸けてきたとか。覚悟が決まっているというか、オリンピアンとして最も大事な資質の一つを持っているんだなあと思いました。

 6位の伊藤選手もよく頑張った。7月に入って急性腰痛を発症したんですよね?アスリートはギリギリの線で練習を積んでますから。五輪が開幕した後、選手村に入村したあとだって、調整練習での故障で欠場を余儀なくされる選手だっている。そんな中で予選を勝ち抜いて、決勝でもきっちり演技ができた。2大会連続の入賞は立派だし、最後まで演技をやり通せたというのは、良かったなあと思います。

 私、日体大の先生(教授)ですからね。トランポリンは身近な競技なんです。長くトップ選手として活躍してきた中田大輔コーチは日体大の卒業生。体育の授業では学生たちに大人気の種目です。みんな「楽しい」と言います。五輪という舞台に立っている選手も、原点は楽しさだったと思うんです。でも、技を極めていく過程で苦しさやつらさを味わう。そうやって時間を重ねて、10個の演技をやるのに必要な時間はわずか40秒余り。重圧は凄いだろうし、ある意味で過酷だなあと思いましたね。

 マイナー種目、って言うじゃないですか。マイナー、メジャーの私の判断基準は、観衆がその競技のチケットにお金を払うかどうか。日本は「プレーするスポーツ」と「観戦するスポーツ」がはっきり分かれていますからね。先ほどの授業の話ではないですが、トランポリンもアーチェリーも学生は楽しむ。だけど、国内大会ではアーチェリーもトランポリンも、無料で見られる。野球やサッカーは無料では見られないでしょ?そんなマイナー種目の選手は、人生を懸けて磨いてきた技を、できるだけ多くの人に見てもらいたい。その最高峰の舞台が、世界中のメディアに報じられる五輪というわけです。

 そして、その五輪という舞台を通じてさらに痛感させられるのは、メダルを獲れたか獲れないかという差です。開幕前は五輪出場が決まったというだけで祝福してもらい、騒いでもらえるんです。でも、帰国したら選別されている。それを感じて初めて「やっぱりメダルが欲しい」となるんですね。

 ただし、表彰台に立つのと4位は順位としては1つしか違わないのに、大きな差があるんです。例えば、この日のトランポリン。4位の棟朝選手の演技は素晴らしかったけど、予選上位3人が演技を始めたら素人目にも「違い」が伝わってきました。これは「メダルを獲りたい」という選手と「メダルを獲って当然」という選手の違いとも言えると思います。最大の違いは技術や体力ではありません。世界での立ち位置によって育まれるメンタルの差だと、僕は分析しています。五輪までの4年間、さまざまな大会で実績を積む。その結果として「獲って当然」という境地に至ることができるんだと思います。

 その点で考えると、予選も重要。決勝に得点を持ち越さない、という意味ではアーチェリーも同じです。予選は予選、という選手もいます。だけど、それは違う。予選で上位につけて、精神的優位に立つということは、試合の流れの中で非常に大切なんです。

 もう一つ、体の使い方という点でも、予選だからと加減すると、決勝に行ったときに急にプレーのレベルを上げるのは難しい。陸上の100メートルのように体の全部の力を使う種目では体力温存という意味での加減が必要になるのかもしれませんが、アーチェリーやトランポリンのように体の調整能力が必要な競技では予選から全力、が大前提です。

 幸い、今回のトランポリンのチームはバランスの取れたチーム構成です。第一人者だった中田くんがコーチをしていて、前回五輪で4位入賞した伊藤選手がいて、今回初出場で4位に入賞した棟朝選手がいた。まだ2人とも若い。これからの4年間で「メダルを獲って当たり前」の立ち位置を築いてほしい。トランポリンが五輪種目入りしたのは00年シドニー。5大会で「あと一歩」が続いてきていますが、今大会で言えば水谷選手が個人で初メダルを獲った卓球は、88年ソウルで正式競技入りして8大会目。粘り強く戦い続けていけば、必ず花開くと信じています。

 かくいう私はまだ現役。いつか「メダルを獲って当たり前」の境地をも超えてみたい。見学に来た小学生に最高のプレーを見せる、くらいの勝ち負けの概念が全身から消えた状態で五輪に臨んでみたい、とひそかに燃えています。

 ◆山本 博(やまもと・ひろし)1962年(昭37)10月31日、神奈川県横浜市生まれの53歳。中学時代に競技を始め、横浜高でインターハイ3連覇。日体大3年時の84年ロサンゼルス五輪に初出場し個人で銅メダルを獲得。88ソウル、92年バルセロナ、96アトランタと出場し、2大会ぶり出場となった04年アテネで個人銀メダルを獲得した。現在は日体大教授。20年東京組織委員会の顧問も務める。

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