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マネできない!だから藤沢和先生 蛯名正師「本当のホースマン」

[ 2022年2月25日 05:30 ]

さらば伯楽 師事した最後の技術調教師

藤沢和師(右)に師事した蛯名正師
Photo By スポニチ

 仰げば尊しレジェンドの恩…。今週末で70歳定年を迎える藤沢和雄師(70)。JRA通算1568勝のトップ厩舎からは何人もの、のちの名調教師が巣立っていった。騎手時代、歴代4位の2541勝を挙げた蛯名正義師(52)は藤沢和師の下で研修した最後の技術調教師(開業前の調教師)。3月の開業を前に感謝の気持ちを込め、はなむけの言葉を語った。

 藤沢和雄先生は本当のホースマンだと思います。何よりも馬を優先され、なおかつ数字も残してきたのが凄い。馬の動きやしぐさ、表情を逃さず見て、聞いて、感じて、良くするためにすぐ実行に移す。

 「見ること」に関しては驚かされます。先生はもの凄く目が良くて、スタンドから向正面の動きも見えちゃう。視力は2・0以上あるはずです。馬ばかりか、人もよく見ている。見てないようで逃さず見ている。僕は見られていないと思っても、ちゃんと見られている(笑い)。「感じること」に関しても、先生のようには感じられないのかもしれない。僕らではマネしようとしてもマネできない。近づこうとしても近づけない。だからこそ藤沢先生なんだと思う。先生のやり方をベースにした上で、僕自身で違う何かを探さなければいけないのかもしれない。

 毎日、丁寧に小さなことを積み重ねていくのが調教だと思うが、藤沢先生はその積み重ねを妥協なしに続けてこられた。何十年もやっていたら「たまには楽したい」とか「今日はもういいかな」とか思うじゃないですか。でも、手抜きをしないモチベーションがある。自分はその年齢まで気持ちが維持できるのかと思うほどです。

 初めてG1(96年天皇賞・秋)を勝たせてもらったバブルガムフェローは騎手としてステップアップするための大きなきっかけになりました。G1をなかなか勝てない騎手だと言われ続けてプレッシャーになっていたけど、勝ったことで自信になった。自分の人生で大きな1勝になった。3歳が天皇賞・秋のような古馬のG1に挑戦するのは主流ではなかった時代だから今考えると凄いこと。藤沢先生からの指示は「自信満々に乗っていいから」のひと言だけ。凄いメンバーだったけど、当日のパドックで初めてまたがってみて、その指示が理解できた。自信満々に(正攻法で)乗れる素晴らしい馬でした。

 騎手の後半は藤沢厩舎のお手伝いをしながら調教師の勉強をさせてもらいました。とても有意義でした。騎手引退の時は騎乗馬も用意してもらい、ありがたかった。若い頃からゴルフにも連れて行ってもらったり…公私共々お世話になりました。

◇蛯名 正義(えびな・まさよし)1969年(昭44)3月19日生まれ、北海道出身の52歳。87年騎手デビュー。同期は武豊。96年天皇賞・秋(バブルガムフェロー)でG1初制覇。エルコンドルパサー、トロットスター、マンハッタンカフェ、マツリダゴッホ、アパパネなどとのコンビで競馬人気をけん引した。凱旋門賞は2度の2着。調教師免許取得に伴い、昨年2月いっぱいで騎手引退。通算2万1183戦2541勝。JRA・G1・26勝。3月1日付で美浦に厩舎を開業。血液型A。

 《藤沢和師、名勝負数え歌 17年ダービー=レイデオロ》後方追走のレイデオロが向正面で2番手に進出する大胆なレース運びで優勝。藤沢和師は88年の開業から30年目、現役最多となるダービー19頭目の挑戦で初制覇を果たした。同師&ルメールのコンビで制した前週のオークス(ソウルスターリング)に続くクラシック連勝。「いつかは勝てると思っていたが随分と時間がかかった。またか!というほど負けて、迷惑を掛けたから1勝じゃ間に合わないかな」と師は笑った。=終わり=

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