四位 2度目挑戦で合格「調教師としてもダービー勝つ」

[ 2019年12月6日 05:30 ]

四位洋文
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 JRAは5日、令和2年度の新規調教師免許試験合格者8人を発表した。07、08年のダービー(ウオッカ、ディープスカイ)を制し、現役8位の1583勝を誇る四位洋文騎手(47)が合格。「調教師としてもダービーを勝ちたい」と意気込んだ。免許の有効期間は来年1月1日からとなるが、現役騎手の四位は本人の申請により3月1日から。「騎手・四位」のラスト騎乗は来年2月29日(土)となりそうだ。

 2度目の受験で難関を突破した四位は安どというより驚きの表情だった。「ダービーを勝った時よりもメールの数が多い。(反響が)凄いな、と思った」

 鹿児島県牧園町(現霧島市)生まれ。小学校3年時から近所の乗馬クラブで腕を磨き、83年ダービーをミスターシービーで制した、同じ鹿児島生まれの吉永正人(故人)の姿を見て、本格的に騎手を志した。若手の頃から確かな騎乗技術は評判となり、順調に白星を積み重ねた。07年ダービーではウオッカを64年ぶりの牝馬制覇に導いた。「最高。もう騎手を辞めてもいい」と男泣きしたが、翌年もディープスカイで制覇。「昨年とは違う喜びがある」と語った。JRA・G1は15勝。海外では01年香港カップ(アグネスデジタル)を優勝。一時代を築いた。

 騎手として栄光をつかみ、自然の流れとして次なるステージを目指した。「話を聞いているうちに騎手にない、やりがいを感じた。調教師にトライするのもありかなと思って目指した」。昨年は1次試験で脱落。「自分に足りないものがあった」と自覚すると本腰を入れた。武英智師、安田翔伍師、長谷川浩大師ら年下の調教師に頼み込み、模擬面接に何度も挑んだ。合格を願う後輩はあえて厳しく当たった。「ダービーを2度も勝った騎手が一日に何度も電話をしてきて疑問点を聞いてくる。だから、こちらも(覚悟を決めて)真剣に面接官を演じた」(武英師)。四位も「後輩に感謝。厳しく、容赦なくやってもらった」と語った。思い出に残る1頭は?との質問には「素晴らしい馬にたくさん巡り合った。1頭に決めるのは難しい」。四位の人柄が垣間見えた。

 さあ、管理馬を自分色に染める戦いが始まる。「馬も人も大事にする厩舎を目指す」と語った後、「騎手として日本ダービーを勝った。調教師としても日本ダービーを勝てるような馬づくりを目指したい」。四位にしか語れない夢を掲げた。

 勉強もせず馬にばかり乗っていた洋文少年に何も言わなかった父。5年前に亡くなった学さんの墓前にまずは報告する。そして来年2月29日をもって「騎手・四位」は姿を消す。「二度と競馬に乗れないのだから感謝の気持ちを持って乗りたい」。厩舎立ち上げは21年春となる見通しだ。

 ◆四位 洋文(しい・ひろふみ)1972年(昭47)11月30日生まれ、鹿児島県出身の47歳。91年、古川平厩舎から騎手デビュー。JRA通算1万3858戦1583勝(重賞76勝=全て5日現在)。JRA・G1は96年皐月賞(イシノサンデー)を皮切りに15勝。07年ウオッカ、08年ディープスカイでダービー連覇。1メートル60、50キロ。血液型B。

 ▼角居勝彦師(四位とのコンビで07年ダービーを牝馬ウオッカで制覇)厩舎の開業当初から、いくつも勝ってもらい、支えてもらった。トレーナーとして、もうひと花もふた花も咲かせてくれるでしょう。彼はクレバーですし楽しみにしています。

 ▼白井寿昭元調教師(四位とのコンビで01年天皇賞・秋、香港カップなどをアグネスデジタルでV)ジョッキーとして一流だった。馬や人を指導する側の調教師としても一流になってもらいたい。彼ならできる。

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