8調教師がラストラン 中村師は有終V「苦しい時、ファンの声援で立ち直れた」

[ 2019年2月24日 21:32 ]

<阪神競馬・引退セレモニー>武豊(左)から花束を受け取る中村調教師(撮影・平嶋 理子)  
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 今月末で定年引退となる東西8人のトレーナーが24日、各競馬場でJRA最終戦を終えた。

 阪神競馬場で管理馬の奮闘を見守ったのは中村均調教師(70)。23日の中山でトラストが障害オープンをV。そして、24日は2場に計8鞍を投入し、小倉の7Rでもタガノカレン(牝4)が勝利した。JRA史上最年少タイの28歳で調教師免許を取得し、今年で42年目のキャリアを重ねた名将は最後まで存在感を発揮した格好だ。

 G1・3勝(84年のオークス=トウカイローマン、96年の朝日杯3歳S=マイネルマックス、12年の天皇賞・春=ビートブラック)の実績と、調教師会会長の功績などが、紹介された昼休みの引退セレモニーで中村師は「調教師として、ホースマンとして長くやってきて、いよいよ最後。いろいろな思い出が頭を巡っています。苦しい時、つらい時、もうダメかな…と思う時もあったが、ファンの声援で立ち直り、きょうの日を迎えることができました」と、万感の思いと感謝を響き渡るほどの力強い声で伝えた。中村厩舎の管理馬は、27日に川崎の交流重賞エンプレス杯にキンショーユキヒメが出走することから「悪あがきします」と同師は笑いながら締めくくった。

 ▼栗田博憲師 (福岡県出身で)ここで重賞を獲れたら全場制覇だったのが、ちょっと残念ですね。定年間際にイスラボニータに巡り合えたのは幸せだった。これからは週末に競馬場に足を運んで、楽しみたいと思う。

 ▼伊藤正徳師 騎手時代は同期の岡部幸雄や柴田政人に負けてばかりいたが、ダービー(77年ラッキールーラ)だけは先に勝てた。調教師としてやり残したことはたくさんある。馬の持てる力をもっと発揮させられたのではないか…そんな思いの連続だった。来月からは馬券を買って、蔵を建てるぞ!なんてね(笑い)。

 ▼谷原義明師 月日がたつのは早いが、いいホースマン人生だった。ダイヤモンドS2着のサンデームーティエなど、勝てなくても最後まで馬は頑張ってくれた。平成元年に調教師になって平成最後の年に引退。平成とともに去りぬだ。これからは1ファンとして競馬を見ていきたい。

 ▼柴田政人師 これで終わりかと思うと寂しい。調教師として重賞を勝てなかったのは残念だが、高松三太厩舎の所属騎手時代にはアローエクスプレス、騎手引退前にはウイニングチケットと出合えて念願のダービーも勝たせてもらった。これからは少しゆっくりして、競馬を外から見ていきたい。

 ▼坂口正則師 (小倉で重賞5勝)相性が良くて、いい競馬をしてくれた。最近ではエイシンヒカリで、海外G1を勝てたのが印象深い。無事に定年を迎えられて、ホッとしている。

 ▼松元茂樹師 感謝の言葉しかない。G1を2つ勝ったビリーヴが一番印象の強い馬です。引退するけど、来週からは1ファンとして競馬会に“寄付”していこうと思う。

 ▼沖芳夫師 アッと言う間の調教師生活でした。印象に残っている馬はナリタトップロード。テイエムオペラオーがいて、なかなか勝てなかったけど、ファンレターも多かった馬だったね。

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2019年2月24日のニュース