山田、ドタバタ笠松 返し馬で落馬し除外「申し訳ない」

[ 2019年1月25日 05:30 ]

エリアントの返し馬で落馬し歩いてコースから引き揚げる山田
Photo By スポニチ

 重賞初騎乗のチャンスが目前で消えた。笠松独特のコース内のパドックから山田を背に本馬場入場したエリアント。返し馬に入り正面直線を迎えたところで突然、馬が加速し始めた。「掛かる馬と聞いていたので慎重に走らせていたが、スタンド前でガツンとハミをかんでしまった」と山田。必死の制御も加速は止まらない。1角でバランスを崩すと、引きずられるように落馬。山田は背中からコースに叩きつけられた。

 幸いにも人馬共に無事。山田はすぐに起き上がったが、馬はコースをほぼ全速力で3周。疲労のため競走除外となった。顔面蒼白(そうはく)で引き揚げてきた山田は「残念ではなく、申し訳ない気持ちしかない。チャンスを頂いたのに」と唇をかんだ。騎乗依頼した笠松・笹野博司調教師は「仕方ない。ケガがなかったのが何より」と温かく出迎えた。

 笠松では81年に距離誤認がきっかけでファンの暴動が発生している。「ネットで調べてそういう事件があったことは知っていた。気を引き締めて乗りました」と山田。23、24日の2日間で8鞍に騎乗し24日1Rの2着が最高。騎乗停止処分から復帰しての初勝利はならなかったが、貴重な経験となった。「(師匠の)小桧山先生や青木先生のおかげで、たくさんの馬に乗ることができた。笠松はコーナーがギュッと詰まった感じで難しかった。先輩騎手にもアドバイスをもらい、いい勉強になった」

 思わぬアクシデントで重賞初騎乗こそ逃したが、真摯(しんし)に競馬と向き合う姿勢は誰もが認めている。8Rの交流戦で山田を起用した青木師は「いろいろトラブルに見舞われるが、全てを糧にして頑張ってほしい」とエールを送った。「ぜひまたリベンジしに戻ってきたい」。最後は力強く宣言して競馬場を後にした山田。まだデビュー2年目。チャンスはいくらでも巡ってくる。(浜田 公人)

 【笠松は81年に距離誤認で暴動】くしくも笠松競馬場でも、過去に距離誤認による騎手の1周勘違いが起きている。1981年12月30日の「東海ゴールドカップ」で1番人気に推されたダイサンフジタカに騎乗した井手上慎一騎手(当時24歳)があと1周を残して減速。後続馬に抜かれた後に慌てて再加速したが、5着に終わった。同レースは1周1100メートルのコースを2周余り走る2500メートル戦だったが、ゴール地点が同じ1400メートル戦と誤認したものだった。一部のファンが「八百長だ、金を返せ」とエキサイトし、投石や放火。岐阜県警機動隊も出動する騒ぎとなり、逮捕者やケガ人も出た。主催者サイドと馬券購入者の“攻防”は8時間以上も続いたが、結局、審議対象とはならずレースは成立。井手上騎手には笠松での無期限出場停止処分が下されたが、後に解除された。この騒動は、一般紙でも大きく報道された。

 ◆山田騎手の競走距離誤認 昨年10月13日の新潟6R(ダート2500メートル)。ゴール板の対面にあたる2コーナーすぎの向正面からスタートし約1周半するコース設定。2番人気ペイシャエリート(牡4=小笠)騎乗の山田は先頭で迎えた1周目の直線入り口からムチを入れ、ゴール板通過時にレース終了と勘違い。その後、向正面からレースに再合流も勝ち馬から4秒8差、最下位12着に終わった。

続きを表示

この記事のフォト

2019年1月25日のニュース