深い愛情を込めて…「全馬無事」へ尽力 約2000頭健康管理

[ 2018年8月15日 05:30 ]

診療中のサラブレッドを前に笑顔な藤沢千尋獣医師
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 【馬好き人好き 裏方さんの仕事】美しい肉体と究極のスピードでファンを魅了するサラブレッドも、やはり人間と同じ生き物。アスリートとあってケガが多いのはもちろん、病気になることも決して少なくない。競走馬の健康管理や治療、さらには防疫など、多岐にわたる分野で活躍しているのが獣医師。JRA美浦トレセンの競走馬診療所に勤務している藤沢千尋獣医師(26)に、その仕事内容と馬への思いについて聞いた。

 美浦トレセン近くの飲食店に、まるで写真のように精巧な競走馬の絵が飾られている。幼い頃から美術が得意だった若き女性獣医師が店主にプレゼントしたもの。作者の藤沢千尋さんは「人の喜ぶ顔を見るのが好きなんです。描いた絵は全部あげてしまうので手元に一枚もないです」と笑う。

 競走馬が約2000頭いるJRA美浦トレセンで、その健康管理や治療といった医療、さらに防疫なども担当するのが獣医師。調教師と個別に契約している開業獣医師もいるが、藤沢さんは競走馬診療所に勤務するJRA職員だ。同所には27人の獣医師が在籍し、トレセンや競馬場での通常業務に加えて急患などにも随時対応。小柄な藤沢さんの悩みは「他の人に比べて体力がない」ことだと言う。

 獣医師を目指したきっかけは、小学生の時にテレビで見た保健所のドキュメント番組。それまで知らなかった動物の現実に触れ、「命に関わる仕事をしてみたい」という強い思いが湧き上がった。時間がたっても決心が揺らぐことはなく、麻布大学獣医学部へ進学して6年間学んだ。馬に興味を持ったのは、3年生の時に岩手県遠野市にある乗馬の生産&育成施設で行われた野外研修。藤沢さんは「ぼーっとしているイメージだった馬が、とても表情豊かなことに気付いて面白さを感じた」と振り返る。

 4年生の時にはJRAのトレセンや生産牧場など競馬に関わる多くの施設を見学。競走馬として生まれても、競馬で活躍して無事に牧場へ戻ることがいかに難しいかを実感した。「そういう馬を増やすために尽力したい。それを一番近くでできるのはこの場所」と考え、JRAに入会した。

 これまでで獣医師としての喜びを感じたのは「治療した馬が勝ち、調教師さんが診療所までお礼を言いに来てくれたこと」。一方、最もつらいのはやはり、競馬場での事故で馬が予後不良となることだ。「馬を連れてきた厩務員さんが一人で帰る気持ちを考えると…」と声を詰まらせる。開催前日に競馬場入りした際には馬頭観音で「全馬無事に」と願掛けをしている。

 将来の夢は?という質問には「そうですね…馬を飼いたいかな(笑い)。それくらい好きです」と目を輝かせた。藤沢さんだけではなく、競馬界で働く獣医師は皆、深い愛情を込めて競走馬に接している。その思いは、敏感なサラブレッドに間違いなく伝わっているはずだ。

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2018年8月15日のニュース