【日本ダービー】祐一涙、19度目挑戦で「福永家の悲願」ダービージョッキー

[ 2018年5月28日 05:30 ]

壮絶な追い比べを制して雄叫びを上げるワグネリアン(中央)の福永。右は2着のエポカドーロ、左は3着のコズミックフォース(撮影・近藤 大暉)
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 祐一、悲願成就だ。27日、東京競馬場で競馬の祭典「第85回日本ダービー」が行われ、外枠17番から好位に付けた福永祐一(41)騎乗の5番人気ワグネリアンが死力を尽くして1着でゴールを駆け抜けた。福永は19度目の挑戦で父・洋一氏(69)のバトンを受けた福永家悲願のダービー初制覇を達成。友道康夫師(54)は2勝目、金子真人オーナー(73)は同レース最多4勝目、生産者ノーザンファームは4連覇を飾った。

 あふれてくるものを抑え切れない。やっと、ようやく手が届いた。ダービージョッキー。ワグネリアンのウイニングランで福永は何度も涙を拭った。

 「ふわふわした感じ。こんな高揚感、充実感を味わうのは初めて。ダービーは違うとは聞いていたけど、違いましたね。親父はずっとこの景色を見たかったんだなと。代わりにしっかり目に焼き付けました。福永洋一の長男としてこの世界に入ってきて、ようやく父に誇れるいい報告ができる。福永家の悲願でしたから。良かったです」。G1・21勝目を飾った名手がまるで新人のような表情を浮かべた。

 8枠17番。「腹をくくりました。最後はもう気合だけ」とリスクを承知で先行策。直線壮絶な追い比べで相棒を鼓舞し、皐月賞馬エポカドーロをラスト100メートルで半馬身差捉えた。16年連続19度目の挑戦で、ついにダービージョッキーに輝いた。

 洋一さんは7度挑戦して78年カンパーリの3着が最高。「父が一番勝ちたかったレースがダービー。志半ばでジョッキー生命を絶たれたが、父が果たせなかった夢を自分がかなえられれば喜んでくれるのかなと思っていた」と胸を張った。歓喜の輪が広がる検量室前では、号泣する友道師の胸に飛び込んだ。

 「友道先生や厩舎の皆さんが目いっぱい、仕上げてくださったので悔いのないレースをしようと。担当助手の藤本君がゲートインする前に“信じています”と言ってくれたんです。男として、その思いに応えないといけない。レース後、引き揚げてくると藤本君が泣いていたし、僕も泣いていました。最高ですね。ジョッキーをやっていて良かったです」

 デビュー3年目、ダービー初騎乗となった98年はキングヘイローで2番人気に支持されながら14着に終わった。12年は1番人気ワールドエースで4着、13年は3番人気エピファネイアで2着。「最初の年は緊張感にのまれてしまって…。無力感を感じた年もあったし、このまま勝てないんじゃないかと思う時期がありました」と振り返る。ダービーに焦がれた男は負けるたびに折れかけた心を奮い立たせ、ひたむきに競馬に取り組んできた。

 父は競馬場には来られなかった。何と伝えるか?と問われると、照れくさそうに「顔を見てから決めます。うらやましがると思う」と笑った祐一。ディープインパクト→ワグネリアンの「父子制覇」とともに洋一氏&祐一の「父子の制覇」も成し遂げられた平成最後のダービー。「勝つことを夢見て、こんなにいいモノなんだと思いました。新しい元号でもダービージョッキーになれるよう精進します」と締めくくった。大仕事をやり遂げた達成感と喜びに浸りながら、その視線は早くも1年後に向けられていた。

 ◆ワグネリアン 父ディープインパクト 母ミスアンコール(母の父キングカメハメハ)牡3歳 栗東・友道厩舎所属 馬主・金子真人ホールディングス 生産者・北海道安平町ノーザンファーム 戦績6戦4勝 総獲得賞金3億614万1000円。

 ◆福永 祐一(ふくなが・ゆういち)1976年(昭51)12月9日生まれ、滋賀県栗東市出身の41歳。父は福永洋一元騎手。妻は元フジテレビアナウンサーの松尾翠さん。96年3月2日の中京2Rで初騎乗初勝利。17年7月15日、中京8Rで史上8人目となるJRA通算2000勝を達成。デビューから21年4カ月14日での達成は、武豊(15年6カ月21日)に次ぐ2番目の早さだった。JRA通算1万6271戦2091勝(G1・21勝)、地方469戦69勝、海外21戦5勝。海外では05年アメリカンオークスを含むG1・5勝を挙げている。1メートル60、52キロ。血液型B。

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