ソウル復活の日は必ず来る!“名伯楽”藤沢和師の手腕に期待

[ 2018年5月18日 05:30 ]

<第63回京王杯SC>ルメール(右)と笑顔でレースを振り返る藤沢和師
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 【競馬人生劇場・平松さとし】先週の京王杯SCを勝利したのはムーンクエイク。しかし、レース後に藤沢和雄調教師が真っ先に向かった先は同馬が引き揚げてきた1着の脱鞍所ではなかった。3着に善戦したサトノアレスの枠場にまず駆け寄り、無事を確認した後、勝ち馬の方へやってきたのだ。この光景を見て、懐かしく思った。

 話は97年にさかのぼる。10月25日の京都競馬場。この日のメインレースはG1マイルCSの前哨戦スワンS。藤沢はここに5頭もの出走馬を送り込んでいた。

 結果はタイキシャトルが圧勝。しかし、この時も藤沢は1着の枠場にはすぐに来なかった。敗れたシャドウクリークやタイキマーシャル、シンコウキング、そしてプレストシンボリらをチェックした後、最後に勝者の元にやってきた。

 「まずは負けてしまった馬にアクシデントなどがなかったか、馬体は無事かをチェックしないとね…」

 当時、新進気鋭と呼ばれた調教師はそう語った。

 そしてそういう人に育てられたタイキシャトルは本番のマイルCSも制覇するのだった。あれから20年以上たった現在でも、貫かれる同じ姿勢を目にしてうれしく思った。ムーンクエイクも本番・安田記念で好走することを願いたい。

 また、翌日に行われたG1・ヴィクトリアMには昨年の3歳女王ソウルスターリングを出走させた。しかし、こちらの結果は残念ながら7着。思えばフランスで走った母のスタセリタも3歳時は無敵の連勝を重ねたが、凱旋門賞で古馬牡馬に挑戦(7着)したあたりから歯車が狂いだした。牝馬限定で当時まだG1になったばかりのジャンロマネ賞勝ちこそあったものの、ナッソーSやオペラ賞、香港カップなどG1では完敗、惨敗を繰り返した。それでも競走馬としての晩年、米国へ移籍するとG1を連勝した。

 伯楽の手によってソウルスターリングが母同様の復活劇を見せてくれる日が必ず来ると信じたい。

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