【日本ダービー】ドゥラ ミルコ男泣きV「日本の騎手になれた」

[ 2015年6月1日 05:30 ]

JRA騎手として初めてダービーを制覇したM・デムーロは「ありがとう」のキス

 東京競馬場で行われた「第82回ダービー」はドゥラメンテが皐月賞に続いて2冠達成。鞍上のミルコ・デムーロ(36=イタリア)は、03年ネオユニヴァース以来、2度目の2冠制覇。JRA騎手としては初のダービーVとなった。難関の騎手免許試験を突破し、日本で騎手人生を全うする覚悟を決めたミルコにとって大きな戴冠。ゴール後の大粒の涙が喜びの大きさを物語っていた。

 2冠達成の瞬間、派手なガッツポーズはなかった。ゴールを過ぎても、ミルコは両手の手綱を握り締めたまま。静かに喜びをかみ締めた。だが、その感情の高ぶりは馬場を離れ、地下馬道に入るともう抑えることができない。脱鞍所に引き揚げてきたミルコは泣いていた。すぐに下馬せず、涙に濡れた頬をドゥラメンテの首筋に何度も押し当て、相棒と喜びを分かち合った。

 03年にネオユニヴァースで2冠を達成しているミルコ。「2度もダービーを勝てるなんて夢のよう。皐月賞はガッツポーズが早過ぎて、レコードを更新できなかったからね」。気持ちを落ち着けて臨んだお立ち台では、おどけてみせたが、前回とは重みが違った。「ネオの時は“ガイジン”騎手だったが、今回は“日本の騎手”として勝てた。日本の騎手になれたという実感が、あらためて湧いた」。覚えたての日本語でゆっくりと言葉をつないだ。

 今年2月にJRAの通年免許を取得。前年の不合格から1年間の猛勉強で難関を突破した。「試験は本当に難しかった。日本で乗りたい。そのモチベーションだけで頑張って合格できた。だから、自分の持っている力を、いつも最大限に発揮したいと思っている」。存続の危機にさらされている母国イタリアの競馬に見切りをつけ、騎手を続けるために日本を選んだ。断腸の思いで別れを告げた故郷への思い。つらかった試験勉強。慣れない日本語との格闘。1番人気のプレッシャー。全てを乗り越えてたどり着いた2度目の栄冠。さまざまな思いが胸に去来した涙のゴールだった。

 課題の気性難を封じ込めた人馬一体の好騎乗。皐月賞で大斜行した希代の癖馬を、わずかな期間で完全に掌握し、馬もまた鞍上を信頼し切った走りを見せた。堀師は「馬のしぐさや表情に敏感。馬とのコミュニケーションが上手」と、鞍上の繊細な一面を称えた。ミルコはドゥラを「レースに対する前向きさなど“馬の考え方”がネオユニヴァースと似ている」と評した上で「切れ味はネオより上」と断言。「本当に強い。どんなレースでも勝てるチャンスがある。勝ちたい」と力強く締めくくった。

 JRAのミルコ・デムーロとして心機一転の年に巡り合った最高の相棒。異国で始まった第2の騎手人生において、忘れられない、大きな自信となる1勝だった。

 ◆ミルコ・デムーロ 1979年1月11日、イタリア生まれの36歳。94年にイタリアでデビュー。97~00年は同国リーディング首位。JRAでは99年に短期免許で初騎乗。今年2度目の挑戦で試験に合格、通年免許を取得した。JRA通算379勝(5月31日現在)。

 ◆ドゥラメンテ 父キングカメハメハ 母アドマイヤグルーヴ(母の父サンデーサイレンス)牡3歳 美浦・堀厩舎所属 馬主・サンデーレーシング 生産者・北海道安平町ノーザンファーム 戦績6戦4勝 総獲得賞金3億9276万3000円。

 ▼瑛太 競馬を経験されている先輩方からダービーの迫力を聞き、凄く楽しみにしていました。想像を上回る迫力で感動しました。

 ▼有村架純 本当に感激しました。走り終わった後、馬と騎手がキスしている姿を見て、人馬の気持ちがつながっているのを感じました。

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