高橋三郎師勇退 ハイセイコーとコンビ、フジノウェーブでG1制覇

[ 2015年5月19日 05:30 ]

5月31日付で勇退することを発表し、引退セレモニーを行った高橋三師

 スタージョッキー、名伯楽として地方競馬をリードしてきた高橋三郎師(70=大井)が18日、5月31日付で勇退する、とTCK特別区競馬組合が発表した。また同日、同組合事務所で関係者による引退セレモニーが行われた。管理馬の出走は今週の大井開催まで。“怪物”ハイセイコーに騎乗するなど、記憶にも記録にも残るホースマンが静かに競馬界に別れを告げる。

 大井競馬発展の一翼を担った存在だった。セレモニーでは地元関係者はもちろん、高知から地方年間最多勝記録を持つ雑賀正光師も駆けつけ、花束を贈呈。高橋三師は「人に恵まれ、馬に恵まれ、最高の競馬人生だった。ハイセイコーとの出合い、フジノウェーブのG1勝ちは忘れもしない。感謝の気持ちでいっぱい」と感無量の表情で語った。

 騎手デビューの63年に700戦79勝、翌64年に1695戦262勝(年間勝利数自己最多)。その後も3歳年上の“鉄人”佐々木竹見氏(元川崎)らとトップジョッキーとして活躍した。大井でデビュー、中央競馬へ移籍し国民的アイドルホースとなったハイセイコーの鞍上を務めたことはあまりにも有名だ。

 84年にその産駒キングハイセイコーで羽田盃、東京ダービーを獲得。ファンは酔いしれた。52歳の96年にはシンコウウインディなど強力中央勢が参戦した第1回スーパーダートダービーをサンライフテイオーで制覇。自身最後の重賞V(97年金盃)はカツラノハイセイコ産駒テツノセンゴクオー。ファンからも「サブちゃん」の愛称で親しまれた“庶民派スター”だった。

 97年、騎手を引退し調教師へ転身すると、開業2年目の00年にイエローパワーでクラシック羽田盃を制す。07年、フジノウェーブで地元開催のG1・JBCスプリントVと名馬を送り出し、調教師としても手腕を発揮した。

 定年まで1年を残しての勇退。その後については「何も考えていない。引退はするけど、ちょいちょい競馬場には遊びに来るよ」とニッコリ。まずは今週のラスト開催に全力を尽くす。

 ◆高橋 三郎(たかはし・さぶろう)1944年(昭19)8月18日、岩手県生まれの70歳。63年4月に大井で騎手デビュー。地方通算2万5759戦3975勝(歴代9位=引退当時は同2位)。東京ダービー4回、帝王賞3回、東京大賞典2回など重賞は127勝。83年にはダーリンググラスでジャパンCに参戦(10着)。80、81、83年は年間収得賞金全国1位。97年に調教師免許を取得し翌98年4月に管理馬初出走。通算4410戦497勝。重賞37勝(18日現在)。

 ▼佐々木竹見氏(騎手として日本最多の7153勝)騎手時代からの良き友。いいライバルだった。サブちゃんがいたから頑張れた面も。調教師でも素晴らしい結果を残したし、僕もお世話になった。長い間、本当にお疲れさまでした。

続きを表示

この記事のフォト

2015年5月19日のニュース