通算1000勝のレジェンド・松山康師 有終16頭出し

[ 2014年2月21日 05:30 ]

津村、松岡、柴田善、後藤(左から)らが見守る中、JRA1000勝達成記念植樹を行う松山康師

 競馬界は別れの季節。2月いっぱいで定年引退する東西12人の調教師は今週がラスト。3冠馬ミスターシービーを送り出し、通算1000勝を挙げた松山康久師(70)は「もっと欲張りになれ」と後輩に伝えつつ、最終週に管理馬16頭を送り込む。

 松山康師は後輩ホースマンの輪の中で拍手を浴びていた。調教を終えてから行われた、通算1000勝(先月26日達成)の記念植樹式。師が大好きなキンモクセイの木を植え、座右の銘「Horsemanship」と刻まれた記念碑が披露された。「開業以来38年、1勝の重み、感動を胸に刻みながらここまで来た。たくさんの馬、人と出会って大きな感動を得ることができた」。キンモクセイが甘い香りを放つ季節はまさに競馬シーズン真っただ中。毎年、気持ちが引き締まった。あの緊張感は、もう味わえない。

 後輩に残す言葉を、とリクエストされ、こう答えた。「もっと欲張りになりなさい」。強欲という意味ではない。何でも貪欲に吸収せよ。そう言いたかった。

 今から48年前、1966年。東京競馬場で開業していた父・吉三郎師のもとで調教助手に。まだ海外競馬が身近でなかった68年、渡米した。「馬に関わる者として身につけられるものは全て身につけたい」。ニューヨークのアケダクト競馬場で修業した。1年半滞在し、次はフランスへ。半年間の厩舎生活を経て69年に帰国した。

 「調教、飼料、馬具。それらのノウハウを日本にどう生かせばいいのか、見聞してきた。今のままでいいということなどない。まだ知らないことがたくさんある。それを学んだ」。まだ海外へのハードルが高かった時代だ。学びたいと思ったら一直線。まさに“欲”のなせる業だった。

 欲はすぐに実を結んだ。76年開業。翌77年、ギャラントダンサーでいきなり朝日杯3歳SをV。その後も83年の3冠馬ミスターシービー、89年ダービー馬ウィナーズサークルなどを育て、競馬の最前線を走り続けた。「やめようと思ったことは一度もない。そんなこと考える暇もなかった」

 ラスト週は3日間で16鞍がスタンバイ。土曜は小倉、日・月は東京で愛馬を見守る。「まずは人も馬も無事に。想像外のことがいっぱい起きるのが競馬だから」。気を引き締めつつ、勝利という欲を最後の最後まで追い求める。

 ◆松山 康久(まつやま・やすひさ)1943年(昭18)9月4日生まれ、東京都出身の70歳。明星中、高を経て麻布獣医科大(現麻布大)を卒業。66年、東京競馬場で開業する父・吉三郎師のもとで調教助手。74年調教師免許取得。76年東京競馬場で開業。77年朝日杯3歳Sをギャラントダンサーで制し重賞初勝利。83年、ミスターシービーで中央競馬史上3頭目の3冠。89年、ウィナーズサークルでダービー2勝目。今年1月26日にコウジョウで史上初の父子1000勝を達成。JRA通算7684戦1000勝(20日現在)。

 ▼柴田善 たくさんの教えをいただいたが、馬のことより人としての教えが多かったかな。

 ▼後藤 最後のレースまで全力を尽くして先生に競馬を楽しませてあげたい。終わってから“良かったね”と笑って話せるようにしたい。

 ▼松岡 怒られたことの方が多いかな(笑い)。競馬だけでなく、人としても指導してもらった。感謝しかない。先生の馬で重賞を勝てなかったのが心残り。

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